恋におちて



移動中の車の中で、案内されたレストランで
いろんな話をした。

彼の家族のことや、仕事のこと。
もちろん、私のことも。


“楽しい時間は過ぎるのが速い”と、
よく言うけどそれを仕事以外で経験するとは……


「ごちそうさまでした。」

二時間前にこの車に乗った時は、
慣れないことに緊張していたのに、
今は降りてしまうことに寂しいと思う
自分がいる。


「来週の火曜は仕事?」

お礼を言う私を見ずに、真っ直ぐ前を
見つめたままの彼。

「えっと…火曜って3日ですよね…」
必死にスケジュールを確認する。

「出張の準備だけなので大丈夫だと思います。」

「出張?」

前を見つめていた瞳に私が映った。

「はい。4日から京都のホテルの仕事で
週末まで行くことになってます。」

「大変なんだな。」

フラワーコーディネーターというと
近場での仕事と思われがちだけど、
そうも言ってられない。

依頼があればどこにでも行く。

「まだまだかけ出しなので。」

「それでも君がいいと言われて行くんだろ。
…すごいな。」

優しく微笑まれると、どうしていいか
わからなくなる。

「ありがとうございます。」

赤く火照る顔を隠すようにうつむく。

「…深雪」

ほんとに小さな…囁くような声で名前を
呼ばれ、思わず火照ったままの顔をあげて
しまった。

「そう呼んでもいいか?」

改まって聞かれたことはなく、男性に
呼び捨てにされたこともない私の名前。

胸がきゅぅ~って痛くなるのは何故?

胸が痛くて声にならない私は小さく頷いた。

「…深雪も俺のこと名前で呼んでくれないか?」

「えっ…」

「今日一回も呼んでくれなかった。」

「………」

言われて思い返して初めて気づく。

確かに名字すら呼んでなかったかも………

「ごめんなさいっ」

失礼極まりないと慌てて頭をさげようとした
顔を、彼…晃さんの大きな手が優しく頬を包み
下げることを阻まれた。

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