オプションは偽装交際!~大キライ同期とラブ・トラベル!?~



宿泊客がひとりもいないロビーを抜け、フロントに声をかける。
こんな朝早くから出かけるなんて変な顔されないかなと思ったけれど、フロントマンは慣れた様子で送り出してくれた。

旅館から出るなり、しんとした冷たい空気が肌をなでた。
ほんとだ、寒い。ジャケットがあって正解。

けれども緑あふれる庭園内の空気はどこか瑞々しく爽やかで、朝日が木漏れ日となって緑の地面におちる光景も神秘的だった。
すごいな。朝ってどうしてこんなに違うんだろう。


旅館前は県道になっていて昨晩は車の通りも多かったけれど、今は乗用車がまばらにしか走っていない。


「タクシーつかまりそうにないね。フロントに頼んで呼んでもらおうか」


と私が提案するが向居はスタスタと道路を渡る。ちょ、どこ行くのよ。


「バス、もうすぐ来ると思うから」

「バスぅ?」


私は不服の声を上げた。


「なんで旅行に来てまで路線バスなんか利用するのよ」

「旅行こそ路線バスだろ。分かってないな」


はぁ?
聞き捨てならない。

時間が限られている旅行中は、行きたい場所に迅速に行くのがセオリーだ。
路線バスはたしかにリーズナブルだけれど、すぐに乗れないのと目的地まで時間がかかるという融通の利かなさから、私は絶対に商品には反映させない。するなら貸切タクシーとかせめて観光周遊バスとかだ。
そんなこと向居だって分かっているはずなのに。

眉を歪めている私を無視し、バス停を探してあたりを見回す向居。


「お、あったあった。バス停を見つけるとテンション上がるよな?」

「全然」

「調べたらもうすこしで来るはずなんだ。行くぞ」


ローテンションなままの私の手を向居がぎゅっとつかんだ。
どきりとして残っていた眠気が吹き飛ぶ気がした。
相変わらず、大きくて熱い手だ。
< 75 / 273 >

この作品をシェア

pagetop