インモラルな唇を塞いで
「…なんで」

ようやく口にした遊佐の言葉にはどこか恐怖が混じっていた。

「そんなわけ…」

そう言う目が俯きながら空をさ迷って視点が定まらない。
何をそんなに恐れているの。
じっとその顔を見つめてみるも分からない。

「どうしてそんな顔するの」
「え…」
「何が怖いの?」
「何がって…」

遊佐は私が何を言ってるのか分からないというような顔で視線を返した。
そんな遊佐の顔ににっこりと笑いかける。

「私もだよ」
「は…?」
「私の好きな人。お兄ちゃんなの」

そう言った瞬間遊佐の目が丸く開かれる。
そんな驚いた顔を見るのは初めてだ。
意外と色んな顔するんだな、と冷静に思う。

「だからかな、写真見た瞬間分かったんだよね」
「…………」
「お姉さん綺麗な人だね」
「ああ…」

ようやくいつもの遊佐だった。
穏やかな表情に私も口元に笑みを浮かべた。

「ま、うちのお兄ちゃんもカッコ良いけどね」
「…なんだよそれ」

ふ、と遊佐の口から息が漏れる。

「血は繋がってないから似てないけど」
「…そうなのか。まぁ、でも良かったんじゃないのか」
「何が?」
「血が繋がってない方が、生物学的には普通だろ」
「遊佐ってさぁ、なんか小難しいよね。血なんて大した意味ないし、…どっちかっていうと血が繋がってる方が良かったなぁ」

テーブルに肘をついて両頬に手を添えた姿勢で呟くと怪訝そうな声が降ってきた。

「…なんで」
「だって、私の中にお兄ちゃんと同じ血が流れてるなんて想像するだけで興奮するもん。しない?」
「…したことない」
「えー変なの」
「いやマジでお前には言われたくない」
「そうかなぁ」

そう言ったところでテーブルに乗せたままのスマートフォンがガタガタっと震え、連絡アプリの受信ポップアップが現れた。

『今どこにいる?』

差出人は兄だった。

「あ、お兄ちゃん。今日寄り道するって言ってなかったかも」
「お前の家厳しいの?」
「うーん、家っていうかお兄ちゃんかな。私の行動把握してないと落ち着かないらしいから」
「…愛されてんな」
「へへ、そうなの」
「そろそろ出るか」

二人して席を立ち、レジで財布を出すと遊佐に遮られた。

「遊佐?」
「今日はいい。奢りは次な」

そう言ってあっさり会計を済ませて店を出ていく。
外に出るとかなり陽が傾いていた。

「遊佐、ありがとう。ごちそうさま」
「ああ」

駅まではほんの少し。
並んで歩いているとすぐに改札に着いた。
いつも通り改札を抜けて分かれ道で遊佐を見る。

「じゃ、また明日ね」
「…おう」
「バイバイ」

手を振って歩きだそうとしたとき。

「ありがとな、真知」
「え?」

もう一度振り向くと遊佐はもう背を向けて歩き出していた。

真知。

確かに名前を呼ばれた。
くすぐったいような、嬉しい気持ちが込み上げてきて一人笑みが溢れた。

ちょうどホームに入り込んできた電車に乗るべく、軽やかな気持ちのまま駆け足で階段を降りていった。

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