ハロー、カムアロングウィズミー!
よく考えれば、気が付いても良さそうなものなのに。
この日の俺は、どうやら頭のネジが一本どころか数本は外れていたらしい。
控え室として与えられた部屋へと戻り、鍵を開けてドアノブを回す。
「お帰りなさい。暇だったから、先にお風呂入りに行ってきたわよ」
離れとは違い大きく風景が切り取られた窓の前で、微笑む妻の姿を見た時。
一瞬ここは自宅なのかと、あり得ない錯覚をした。
手にしたままのドアノブを思わず確認した自分に、苦笑する。
国民的アニメの秘密道具でもあるまいし、そんなことは起こりえるはずもない。
「どうかした?」
何も言葉を発しないままドアノブを握りしめていた俺を不審に思ったのか、真依子が首を傾げながらこちらへと向かってくる。
有坂の妻と揃いの藤色の浴衣姿、いつもより数段薄化粧なのは、風呂上がりだからか。
あたまの中では冷静に推察をしながらも、体は驚きのあまり立ち尽くして、ただ妻が近づいてくるのを待っていた。
「あれ?……もしかして、聞いてなかった?」
事態をようやく飲み込んだ俺の、眉間に僅かに皺が寄ったのを、真依子は見逃さなかったのだろう。不安げにこちらを見つめる妻に、余裕を装って微笑みかけた。
「いや、聞いてたさ」
「……嘘ばっか」
すぐにバレたのは致し方ない。もとより真依子には俺の仮面は通用しないのだから。
「やられたな。……透か?」
「いや、大川さんが、新婚旅行には当分行けそうにないから、一泊だけど泊まってきたらどうかって。一週間前に新幹線のチケットを貰ったのよ。透さんからは、私の夜勤明けだけど、他にスケジュールが合わなくて申し訳ないってメールが来てたけど」
「どうして、俺に何にも言わないんだ?」
「だって、当然知ってるものだと思ってたもの。このところ、忙しそうにしてて、まともに話す時間もなかったし」
確かにこの取材を受けるために、直前に仕事を詰め込んでいた。秘書二人に行動パターンを見透かされているようでは、俺もまだまだ脇が甘いのだろう。
急ぎ大川に連絡してみれば「明日の夕方までスケジュールは空けたので、どうぞごゆっくり」とだけ告げられ、すぐさま電話を切られる。