眠れぬ王子の恋する場所
「おまえは引っ越してきたばかりでここの生活にも慣れてなかっただろ。なのに余計な心配事させんのも嫌だったし、言う必要もないと思ったから」
『言う必要もないと思ったから』なんて、本当だったら疎外感を感じて〝なにその言い方……!〟となるところかもしれないけれど。
久遠さんの性格や口が悪いのはもう知っているから、イラッとはしなかった。
部外者にしたかったわけではなくて、優しさから言わないでいたのはわかったから。
だから、なにも言わずにいたけれど……久遠さんは、瞼をゆっくりと上げたあと、どこか遠くでも見るようにして口を開いた。
「正直、自分でも不思議だった。自宅とかそういう空間に入られんのも、つきとめられんのもずっと嫌だったハズなのに、おまえがここにいても気にならねーし、石坂ってヤツに押しかけられるかもしれないってわかってんのに、怖さみたいなもんは感じなかった」
静かに語られた内容に、そういえばそうだと思う。
久遠さんは、自宅がバレたり押しかけられたりすることに恐怖心を持っている。トラウマがあるから。
それなのに、石坂さんが狙っているっていうのをわかりながらも自宅にいるなんておかしい。
違うホテルに逃げてもよさそうなものなのに……。
疑問に思いながら久遠さんの横顔を眺めていると、薄く形のいい唇が開く。
「ここにくるかもしれないって三ノ宮に言われて、なにも思わなかったわけじゃない。それでも、おまえもいるし……。
またホテルでの生活に戻るか、このままこの部屋で過ごすかって比べたとき、重さが全然違った。ホテルでひとりで過ごすことが、すげー意味のないことみたいに思えた」
網戸になっているうしろの窓から風が入り込み、ふわりとレースのカーテンを持ち上げる。
久遠さんの黒髪も、わずかにサラリと揺れていた。
「ここにいるよりも、ホテルの方が落ち着いたハズなのに。いつの間にか、変わってた」
久遠さんの瞳が、こちらを向き私を捕らえる。
じっと縋るように見つめてくる瞳に、じわっと目の奥が熱を持った。
ふわふわとレースが揺れると夏の空気が部屋に入ってくる。
そんななか、ギュッと両手を握り口を開いた。