エリート御曹司が過保護すぎるんです。
「今日は残業してたんだね」

 マーケティング部に所属している、同期の須田青羽《すだあおば》が帰りぎわに話しかけてきた。
 彼女は千坂主任と付き合っていて、ほかの社員がいなくなるのを見計らって一緒に会社を出ている。

 熱中症体質の彼女は冷房の切れたオフィスに1分1秒たりともいたくないらしいのだが、責任者である千坂主任はまだ帰れないようだ。

「外で待ち合わせしたらいいのに」
「んー、でも、主任が仕事している姿を見てるのも楽しいし」

 まだ付き合いはじめの彼女たちは、オフィスでさえもデートの場らしい。

「ごちそうさま」と言うと、「おそまつさまです」と彼女は顔を赤くした。


 そうだ、彼女に鍵を預けるのはどうだろう。
 少々好奇心旺盛だけれど、仕事に対する責任感は強い。

「青羽ちゃん、まだここにいるよね」
「うん。まだ千坂主任、終わらなそうだし」

「じゃぁ、営業の二階堂さんが帰ってきたら、これを渡してほしいんだけど……」

 ポケットに入っていた自転車の鍵を彼女に託す。
 すると青羽は、手のなかの鍵と私の顔を見比べながらニヤリと口の端を上げた。

「……ふーん、桃ちゃん、二階堂さんを待ってたんだ」

 恋愛まっただなかの彼女は、他人の恋の話も大好きだ。
「桃ちゃんは誰か好きな人、いないの?」と普段から詮索されていたので、やたら嬉しそうである。

「ちがうって! 鍵を預かっただけだってば」

 そう言っても、青羽のニヤニヤ笑いは止まらない。

 部屋の鍵ならまだしも、たかが自転車の鍵ではないか。
 彼を待っていたのも、大事なものを失くしてはいけないという責任感からだし。

「いいじゃん、いいじゃん。応援するよ~」
「だから違うんだってば!」

 少し前までは青羽も二階堂さんの熱烈なファンだったくせに、もう千坂主任以外は眼中にないらしい。


 私も彼氏ができたなら、二階堂さんの一挙一動にドキドキすることもなく、恋人ひと筋になるのだろうか。
 アイドルに夢中になっているような、遠くから見つめるだけで高鳴る感情。
 それもいつかは、消えてなくなるのかもしれない。

「じゃ、頼むね」

 デスクの上にあったバッグをつかむと、私は逃げるようにオフィスを出て、フロアに到着したエレベーターに飛び乗った。
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