恋は突然に 意地悪なあなたの甘い誘惑
「じゃあ、まっすぐ歩いて行って、振り返って。」
カズの声で撮影がスタートした。
綾乃は大きく一息つくと、目を閉じ頭を空っぽにした。そして、音を頭でイメージすると、瞳を開けた。
その様子をカメラの向こうで見ていたカズは、ただその奇麗な綾乃に目を奪われていた。

ハッとし、
「綾乃、悪い。どうせ顔出してもいつものお前とわかるやついないだろ。だから、振り向いたらカメラを見つめて、目を閉じる。2秒後目を開ける。いい?頼む。」

(― 顔は出さないって…。でも確かに誰もあたしってわからないか…。)

「解りました。」
綾乃は答える、また瞳を閉じて気持ちを切り替えると、目を開け合図と共に、歩き出した。

曲はサビに入る前の、ピアノが華やかに入るところだった。
綾乃はゆっくりと振り返り、カメラを見つめ瞳を閉じた。
その、柔らかで、美しすぎる姿に周りは固唾を飲んで見ていた。

瞳を開けた所でOKの合図が出た。
その声で、綾乃は我に返った。

(- あれ?なんかよくわからないうちに終わった気がする…。)

大きくため息をついた。

「カズ君、あの子…。すごい存在感と、美しさだね…。」
監督が思わず声に出した。
和弘は何も言う事ができなかった。
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