好きですか? いいえ・・・。





私は歩けない。でも、少しも歩けないわけじゃない。



何かに掴まっていると短時間だけど、立つことができる。本当に数秒だけど、歩くこともできる。そのおかげで、一人で着替えることもできるし、一人でトイレに行くこともできるし、一人でお風呂に入ることもできる。



シャワーで髪を濡らして、急いでシャンプーをした。私のいない食卓でどんな会話、どんな行為が行われているかわかったもんじゃない。早く行かないと酔った勢いで大変なことになる。落合くんがパパ? そんなの考えられないし、あんなパパならいらない。



普段はトリートメントもするところだけど、省いた。垢すりで身体をゴシゴシと力強く擦った。皮膚が赤みを帯びていく。そのヒリヒリと日焼けに似た痛みに耐えながら、シャワーでざっと流して、湯船にも浸からず、脱衣所に出た。その間、わずか3分。我ながら大したものだと感心した。



それからバスタオルで身体を拭いて、着替えを済ませて、バスタオルを首にかけて、脱衣所の扉からそっと二人の様子を窺った。



「ねえ、落合くん。」



「なんでしょう?」



「どうしてキミは十志子にそこまでしてくれるの?」



どうやら私の話をしているようだ。結婚して、今後私をどう養っていくか、そういう相談でもしているのだろうか……。



「そうですね……自分でもよくわかんないんです。なんで学校の送り迎えもするんだろう。なんで様子を見に、授業中にも関わらず、仮病を使って保健室に行くんだろう。そうやっていろいろ考えてみたんです。そしたら、今日、その意味が何となくわかった気がして……オレ、ざい……いえ、十志子が……。」



そこでお母さんが落合くんの口元に手を当てた。



「呼びやすい呼び方でいいわよ?」



落合くんはペコリと頭を下げた。




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