先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 か細いノゾミができるのに、俺が出来なかったら恥だ。
 俺は手がだるくなろうと、我武者羅に泡立てていた。
 そのうち、生地がリボン状にたらりと流れ落ちるようになった。

 ふるった小麦粉、砂糖、とかしバター、バニラエッセンスをノゾミの指示通りに混ぜ合わせていく。
 ついでに傍にあった洗剤も手にしていた。

「えっ、先輩、まさかそれ入れてませんよね」
「……」
「入れちゃったんですか?」
「嘘だよ」

 時にはノゾミをからかいながら、楽しい時間が過ぎていく。
 ケーキを作っている時のノゾミの眼差しは、真剣そのもので、いつもこんな風にして俺のために作ってくれてたんだと思うと、心がキュンとしてしまう。

 オーブンでスポンジ生地の種を焼いている間、ノゾミはイチゴをきれいに洗い、丁寧にキッチンペーパーでふき取って行く。
 それを器用に切り込みを入れて、バラの形にしたときは、思わず感嘆の声が漏れた。

「お前、絶対にパティシエになれるわ」

 心から俺がそう思っているのに、ノゾミはお世辞ととらえたのか、無理して力なく笑っていた。

 傍に越えられないプロの存在があれば、常に自分のレベルの限界を知って虚しさが現れるということなのだろうか。

 わからないでもないが、この先もっと時間があるんだから、ノゾミの腕だってきっと上がる。
 俺は頑張れと思わずにはいられない。

 そして生地が焼け、冷ましている間に、また生クリームを泡立てるという作業をする。
 家の中はエアコンをつけていたが、オーブンのせいで効き目が弱くなって、一向に涼しくならなかった。

 外に居るよりはまだましだが、これだけ気を張り詰めて、人に教えながらケーキを焼くのは、ノゾミには負担が大きかったのかもしれない。

「危ない」
 よろめきかかったノゾミを、俺は寸前のところで抱きかかえた。

「大丈夫か」
「すみません。大丈夫です。それにしてもキッチンは暑いですね」

 パティシエという職業は、かなり体力がなければできないのかもしれない。
 疲れが出てきたノゾミは、必死に食いしばってケーキの飾り付けをしていた。
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