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「あの日、俺はどうかしてたんだ。お父さんが、嶺を広崎家に引き取りたいと弁護士と相談してる所を聞いてしまった。嶺の方が俺よりもデキがいいから、医者にして広崎家の跡取りにするつもりだと話してた。俺だって必死に勉強してきたけど、お父さんは俺には無理だって諦めたんだ。いつも嶺と比べられて、どうしても越えられなくて、それでその時、我慢できなくなって嶺を刺してやるって血迷って、包丁を持って嶺のマンションの前をうろついてたんだ」

「えっ」
 ショッキングな事に俺は喉から反射した声が漏れた。

「そしたら、突然ノゾミが現れて、俺の腕を取ったんだ。それで引っ張られて、連れていかれて、何度も『ダメ、絶対後悔する』ってすごい剣幕で言うんだ。俺も何度も『離せ』って叫んだけど、食らいついて絶対離さなかった。あんな細い体で必死で俺を止めてさ、それで切羽詰まって思いっきり俺の頬をぶったんだ。それで我に返った」

「それ、いつの話だ?」
「4月17日」

「なんだって」
 俺をエレベーターに押し込んだ時じゃないか。

 俺はあの時の事を思い出す。
 マンション前に立っていた男を確かに見た。

「お前、あの時、大きなマスクしてた?」
「うん、してた」

 やっぱり、そうだ。
 あの時、ノゾミはセイを見つけて、俺をエレベーターに押し込んだ。

 あの不可解な行動はこれだったんだ。
 やっぱりわかってやってたことになる。

「マンションの前に居た時、すでに包丁を手にしてたのか?」
「ううん、鞄に入れたままだった」

「だったら、なぜノゾミはお前が俺を刺そうとしてたのがわかったんだ?」

「俺もそれが不思議なんだ。でも、必死に俺が後悔するって、沢山の人が悲しむからって言ってた。嶺がどんな人物か先に知った方がいいって、俺と嶺を会わす約束をしてくれた。ノゾミも、嶺の事が好きだから絶対に傷つけたくなくて、お願いだから馬鹿な事は考えないでって、何度も頼んできた」

「それで説得されて、とりあえず、俺に会ってみたり、試合を挑んだりしてきたのか」
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