先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 俺はノゾミの腕を引っ張りながら、廊下を速足で歩いている。
 ノゾミが無理して俺に歩調を合わせようとしてたどたどしくしていても、おかまいなしだった。

 俺は前を見据えるだけで、ノゾミに振り返らなかった──いや、振り返れなかった。
 ノゾミも何も言ってこないところをみると、非常に気まずい思いをしているのだろう。

 俺のために作ったと言っていたあのタルトやケーキは、有名な店で購入していたのを恥じているのか。
 俺が与えてしまったプレッシャーが、見栄を張らせる原因になってしまったと考える事もできる。

 全ては俺のためだった。

 だから俺は気にしていないと装い、敢えて何も言わずにいた訳だが、それってやっぱり気にしているから、ノゾミに面と向かって問い質せずにいたということだろうか。

 正直、自分でももやっとした気持ちに包まれしっくりこなかった。
 気が付けば昇降口に来ていた。

 俺は足を止め、掴んでいたノゾミの腕を離した。
 ゆっくり振り返れば、ノゾミの息が少し乱れ、俺をおどおどして見ていた。

「あ、あの」
 何かを伝えようと無理をして、喉の奥から声を絞りだしたが、その後は口をパクパクとして声が伴ってない。

「落ち着け」
 俺の一言で、ノゾミは視線を落として俯いた。

 俺はノゾミからの言葉を待っている間、じっとしていると、ノゾミは益々気持ちが小さくなって縮こまっていった。

「ご、ごめんなさい」
 か細い声で泣きそうになりながら、ノゾミは謝りだした。

「何がごめんなさいなんだ」
「その、け、ケーキですけど……」

「別にいいよ。つい見栄も張りたくなるだろうし」
「先輩!」

 突然ノゾミが顔をあげ、また必死に俺に訴えてきた。

「なんだよ」
「これから、私にちょっと付き合ってもらえますか。全てをお話しします」

 ノゾミは勢いつけて自分の下駄箱に向かい、靴を履きかえようとしていた。
 俺も突っ立ってるままではいけないと、自分の下駄箱に向かった。

 そして靴を履きかえて出入り口に出れば、ノゾミはぐっと力を込めて俺を待っていた。
 俺の姿を見ると、ノゾミはついて来いと示唆するように、先を歩き出す。

「おい、どこへ行くつもりだ?」
「とにかく来て下さい」
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