先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 どう取り繕っていいのかわからず、ノゾミに声を掛けるべきか迷っている時、ノゾミが姉に向かって走り出した。
 まさか喧嘩でも始める気じゃないだろうな。

 第三者の俺の目から見てもハラハラするその時、ノゾミは後ろから姉をぎゅっと抱きしめた。
 姉の方はいきなりのノゾミの行動に意表を突かれて固まっていた。

「ちょっとノゾミ、何なのよ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん」
 しつこく何度も呼んでいる。

「だからどうしたのよ」
「お姉ちゃん、大好き」

「えっ? 一体何? 何なの?」
 姉は突然のノゾミの行動に驚き、照れたように焦っていた。

 先ほどの冷たい態度がほぐされ、顔の筋肉が緩んで落ち着いていった。
 最後は抗うことなくノゾミと向き合い、姉らしく妹の様子を探っている。

 姉として駄々をこねる妹をなだめる困った顔をしながらも、口元はやや上向く。
 それは仕方なくノゾミに屈服した態度にも見えたが、瞳は優しく見つめていた。

 もにょもにょと声を小さくしてノゾミが何かを伝えた後、姉は俺に視線を向け、納得したように微笑んだ。
 ノゾミの額を軽やかにポンと弾いて、からかった後、先ほどとは打って変わり、たおやかな顔つきになった。

「ノゾミも隅に置けないね」
「だってお姉ちゃんの妹だもん」

「生意気な口聞いて」
「お姉ちゃんはもっと素敵な人見つけられると思う。彼氏の事なんか気にすることない。喧嘩別れして正解」

「えっ、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ。まだ誰にも言ってないのに」
「お姉ちゃんイライラしてたし、私にはわかるんだ……」

 ノゾミは泣きたくなりそうな目をしながら、精一杯姉に向かって笑顔を見せていた。
 姉の方は息を細く静かに吐いて、それ以上何も言わなかった。

 その後、ノゾミと別れて軽やかにスタスタと歩いて行った。
 先ほどよりも、肩の力が抜けたように俺には見えた。
 姉を見送った後、申し訳なさそうにノゾミが俺の傍にやってくる。

「すみませんでした」
 ぺこりと頭を下げて、不安げに俺を見つめた。

「別にいいけどさ、なんか気難しそうなお姉さんだな。見かけも全然似てないし」
「姉は私の前では自分の気持ちを素直に表現するのが少し苦手なだけなんです。ああ見えてもほんとはとっても優しいんです」

「その割には、どこか八つ当たってたようにも見えたぞ」

「気分にムラがあるのはちょっとアレなんですけど、姉は失恋したてでイライラしてただけなんです。甘いものをたくさん食べたくなるくらい本当は辛くて仕方がなかったんです。姉は恋愛がうまくいかないといつもあんな感じだから」

「失恋?」
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