先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 あの後、ノゾミと俺は店の前で少しだけ話をし、ノゾミは色々と説明してくれた。
 ノゾミの住まいはあの店の裏側にあり、家自体がケーキ屋さんとなっていた。

 父親がプロのパティシエ。自宅がケーキ屋さん。そしてノゾミと同じ意味を持つレスポワールという名。
 そうなれば、ノゾミがわざわざ説明しなくとも大体の事が納得いく。

 なぜパティシエになりたいのか。
 なぜあんなにもケーキ作りが上手いのか。

 それは全て父親の影響を受け、プロの指導の下、プロの道具を使って、いい条件の中で作っていたということだった。

 父親にはアドバイスを貰ったが、作ったのはノゾミ自身というところは強調し、そこだけは信じてほしいと真剣な眼差しを俺に向けた。

 だが、やはりプロのパティシエが傍に居て、プロ仕様の道具と素材があったからこそ作れたから、そこのところだけは世間でいうチートな能力だったかもと、ずるをしたように思っていた。

 生ものなので食べる直前まで冷蔵し、昼休みになるとわざわざ父親に学校まで持ってきてもらった事も、白状していた。

 事情の知らないクラスメートはそれを見れば、店から買ったとしか思えなかった。
 はっきりと言い返せなかったのも、自分で作った事には変わりなかったが、ベストな条件で出来た事だったから少し疚(やま)しかったという訳だった。

 そんなに負い目に感じる事でもないとは俺は思うが、意地悪な連中に不利に情報をばら撒かれた後では、俺に上手く説明できなかったのだろう。

 隠しているつもりはなかったが、この辺りで人気のケーキ屋の経営者がノゾミの父親だとクラスメートに知られたら、意地悪な者が係われば、貶められる事もありえるかもしれない。

 ネットの発信ツールでありもしない事を言われる可能性もあるだろう。
 ノゾミはそういう事も配慮して、できるだけ自分と店の接点をなくそうとしていたに違いない。
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