先輩、一億円で私と付き合って下さい!
「お前、相当金持ちなんだな」

 ユメの母親はパティシエの旦那との離婚後は玉の輿に乗ったのだろうか。
 そんなことは俺の知った事じゃないから、詳しく訊いてもみっともない。

 ノゾミも俺が何か言い出すのではないかとハラハラしている。
 セイが闇を抱えてるだけに、両親の話はするものではないと俺は空気を読んだ。

「とにかくだ。環境は整ってる。早速勉強を始めよう」

 まずセイの実力を知るために、俺は家から用意した数学の問題集をセイの前に差出した。

「俺が中三の時に参考にしたものだ。あれから時は経ってるけど、基本的なことは変わらないはずだ。まずはセイの実力を知る事から始める」
「わかった」

 勉強を教えて欲しいとセイは自ら頼んだだけに、とても素直に言う事をきく。

 セイが問題を解いている間、俺とノゾミはできるだけ静かにしながら、自分たちの勉強を始めた。

 自分のあの狭い台所と違い、ここは天井も高く開放感がある。
 図書館のような公共の広がりきった空気でもなく、ただ静かに落ち着けるものがあった。

 聞こえるのは外の風の音。ノゾミが時折本に触れてページを捲る音。そしてセイがシャーペンを走らせる紙が擦れた音。

 そしてそれも、集中力が高まると気にならなくなった。

 ふと考え込んで、視線をリビングルームに向けると、この部屋の金持ちらしさを再び認識した。

 お金には恵まれているのに、セイは思いつめる程満足していないのが贅沢に思えてきた。
 この時は、自分の中の嫉妬という部分を否定していた。
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