God bless you!
ナカチュウの寄せ集め
今日は、魚を抱いている。
昨日は、水玉のパジャマを着ていた。
確か、その前は忍者のコスプレをしていた。
勉強したり、サーフィンしたり、編み物したり……最近、こんなコアラが続いている。とどのつまりは、コアラのマーチというお菓子なのだが、この所毎日のように机の上、まるで取り残されたようにコロンと一粒が転がっているのだ。
「これ、誰だか知らない?」
教室をぐるりと見渡して、周囲の反応を肉眼で確認。誰も、気にも留めていない。誰の、どういう思惑なのか。決着が付かないまま、今日もコアラを手に取り、俺は静かに席に着いた。
地元の双浜高校に入学して一ヶ月が経つ。新しい制服にも、やっと慣れたという頃だった。中学では普通に学ラン。それが高校では、濃紺のブレザー&グレーのズボンに変わった訳だが、何だかまるで素っ裸にされたみたいな気恥しさが漂う。このブルー・ストライプのネクタイが曲者だ。姑息に大人ぶって見える気がして、今現在に至って、どうにも落ち着かない。結局、殆どの時間、ネクタイは付けたまま肩に放り投げ、上着は椅子に着せていた。
ブレザーに付けた〝沢村洋士〟と名前入りの胸章は、いまだその役目を果たせずにいるのだ。もっとも、そんな胸章なんて、この学校では無用と言えるかもしれない。
ここ双浜高は、生徒の殆どが第一から第三まである中川中学、略してナカチュウの寄せ集め。例え番号違いの中学出身だったとしても、「小学校が一緒だった」「学童でケンカした」「塾で遊んだ」といった具合で、誰もがどこか見覚えのあるヤツらばかりだった。
久しぶりの再会に驚く事も多々あって、「あたしの兄貴と、あいつの姉さんが同級生でさ」なんて繋がりも自然と転がっている。ここ双浜高校は、そんな、ほぼ完全地元密着型だ。
慣れない校舎や制服に少しの緊張はあったけれど、見慣れた仲間達のおかげもあってか、それほど環境の違いに戸惑う事は無い。「なんつーかさ、新鮮味がないんだよね」なんて声も、よく聞くほど。
入学式で新入生代表挨拶なんかやらされてしまったせいで、俺は名前も顔も、先生など周りからいち早く覚えられてしまった。ナカチュウ以外から入って来たと思しきヤツらも遠慮なく、「確か、沢村洋士くんだよね?」と、ついでのように声を掛けてくれる。
いつだったか女子の1人が、「これって変かなぁ?」と漠然と聞いてくるので、「何が?」と尋ねたら、
「リボン無くしちゃってさ。お姉ちゃんの付けてきたんだけど。何か色が腐ってない?」
言われてみれば、男子と同色のブルー・ストライプ、そのリボンの柄が少し白けて見えるような気もする。「言われきゃ分かんないよ。平気だろ」と気休めをカマして、その後も続くそいつの姉貴あるあるを黙って聞いていた。この女子もその姉貴も、全く知らない連中だと思い込んで適当に聞き流していたら、
「覚えてないの?幼稚園ん時、一緒にお絵描きしたじゃん。うちのお姉ちゃんを〝お母さん〟って呼んで笑かしてくれちゃってさ」と、馴れ馴れしく頭を撫でられたりするから油断ならない。お母さん云々は思い出したくもない黒歴史だが、そうは言っても、思い出せと言うには無理がある。目の前、女子の攻撃的な螺旋状の髪型、原形をとどめない化粧ヂカラ、それらには、どう頭をひねっても、わずかな面影すら見出せなかった。
ちょうど、体育が少し早めに終わったので、悠々と着替えて4組の教室に戻ってきた所。
「沢村はデカくて目障りだから」と割り当てられた1番後ろの席で、今日もコアラを眺めながら、ひと息ついている。身長はこの春の間にまた少し伸びて、今では187センチもある。確かにデカい。目障りだろう。だからと言って、「ゴーレムだ!」と叫んで、ワザとらしく逃げ回るのは止めてくれ。
そこまでゴツい体じゃないし、俺だって恐れている。190の大台だけは、何としても避けたい。5センチくらいなら切り取って誰かに分けてやりたいとさえ思うのだ。
小学生の頃は、どちらかというと前の方に並ばされる事が多かった。遅れて中3あたりから骨がギシギシと軋み始め、痛みにのた打ち回ったその先、気が付けばミラクルな成長を遂げる。中学からずっとやってるバレーボールのおかげ、と言えるかもしれない。
「もう少し伸びないかなぁ」
自習時間を持て余して1組から、ここ4組に遊びに来ていた友、井川ノリユキが、呟いた。
「ノリだって180はあるんだし。それだけあればもう十分だろ」
「いや、身長じゃなくて、髪の毛の話なんだけど」
やっと2センチほどに生えそろった髪の毛を、ノリは愛おしそうに撫でた。
〝超〟を付けたいほど真面目なノリは、中学の担任の言いつけを律儀に守り、この春まで坊主頭を保っていたのだ。
周りは3学期を待たずして、そんな校則なんかすっかり放棄したというのに。
俺なんて前髪が少々ウザったくて、そろそろ切ろうかなんて考えているのに。
俺とノリは、高校でクラスは分かれてしまったけれど、小学校からずっと一緒の仲間である。中学からは共にバレー部で部活も一緒。ポジションは、俺がサイドアタッカーでノリはセッター。息の合ったコンビネーションを誇ると共に、高校進学に関してもお互いの思惑は一致した。
「バレーを続けるなら双浜へ行こう!」
それが中川中学でバレーをやっている男子の悲願でもある。理由は簡単。近隣、他高の男子バレー部と違って、坊主になる必要がないからだ。
双浜高校は偏差値45。進学も就職も油断ならないけれど、意外な所にポイントは高い。
6クラスある1年フロアで、4組や3組といったド真ん中は人が集まりやすいのか、ここ4組は休憩時間ともなると入口出口の前から後ろから、仲間達がどんどん乱入してくる。どのグループも、まるで最初からそこと決められているかのように、縄張りを捉えていた。
そのうちお互い同士でバンドを組んだり、同じ部活を決めあったり、さっそく付き合いだしたり、ゲームを囲んでモンスター討伐。ツイッター、フェイスブック、どんなSNSにも負けないくらい、ここ4組は、いつの間にか格好の引き合わせ場所になっている。
「授業始まるから、もう行くよ」とノリが立ち上がった。
軽く頷いて送り出す。授業が始まるまでにまだ10分もあるというのに。
「あいつのクソ真面目はホントいつまでも変わんないな」
だからこそ、1番信頼できるという事もあるんだけど。
慌てて出ていくノリの背中を見つめながら、俺はコアラを口に放り込んでしばらく泳がせた。
4組は体育が早く終わったせいで、次の現国までいつもより時間があった。10分という時間をもてあましているうちに、次第に眠気が襲ってくる。ゆうべ夜更かしであんまり眠れないまま朝を迎え、1時間目から5キロも走ったから……もう、くたくた。
コアラが溶けきったのを合図に、机に突っ伏して、うたた寝した。机の冷たさが心地よく眠りを誘ってくれる。2時間続いた体育の後が現国でよかった。数学なんかと違って課題も無く、何の予習も必要としない。4時間目の地理が移動教室で厄介だけど、それを我慢すれば昼休みだ。
「どうしよう……今日は何処で食おうかな」
昨日よりも、もう少し人通りの多い場所を選んでみるとか?
最近、俺は学食に誘う仲間を断っている。その理由はズバリ〝彼女〟が出来たからだ。ちゃんと付き合おうと決めてから、そろそろ1週間ほどになる。お昼は毎日のようにその彼女と一緒に過ごしているけれど、今現在コアな仲間の中でさえ、まだ誰も知らない。あのノリでさえ。
自分から言うのも何だか気恥しいから、俺達を偶然見掛けた誰かが振れ回ってくれないかな、とそんな事を密かに狙っているのだ。
こっそり携帯を開くと、その彼女から早速ラインで、『今日どこにする?』と、お笑い芸人のスタンプ付きで来ている。『武道場の横にさ、ちょっといい穴場があったよ』と何だかマニアックな場所を指定してきた。
ま、いいか。
いつ周囲に晒されるとも限らない、こんな緊張感を味わえるのも今のうちだけ。
すっかり消えたコアラの甘さを思い出しながら、再び、机に突っ伏した。

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