God bless you!
「このカエル色が可愛いでっしょ?」
誰に?
朝比奈はそこを突っ込んで訊いてくれなかった。そこ、気になるのって俺だけなのか。訊け。訊いてくれ。
曖昧なまま放り出されてしまったみたいで、妙にこっちの胸内が気持ち悪くなる。無駄にボールを濡らしているうち、2人は女子特有のこだわり、シャンプーやら美容院やらの雑談に取って変わった。
「右川さん、何日もお風呂に入ってないって噂になってるけど、それ本当?」
なんだ、そりゃ。
まぁ、この汚れ具合から察して一目瞭然、自然発生した噂とも思える。
「あー……あたしの汚れた生パンツをうっかり見ちゃって、誰かが不幸になったとかいう、あれ?」
どっちにしろ、今や右川の会ではそんな身も蓋もない下ネタが話題になっているらしい。
「今日は見せパンだよ~ん♪」
右川は、俺達に背中を向けると、ほら!とばかりに勢いよくスカートを巻くって見せた。
「え……」
バックスタイル。
鮮やかな蛍光グリーンに包まれた2つの丸い膨らみが、目に飛び込む。見せパンと聞いていても驚く。朝比奈も、「わ!」と悲鳴を上げた。洗ったばかりのボールが、俺に放り投げられて地面を転がっていく。
「このカエル色が可愛いでっしょ?」
右川は得意顔で満々だった。「汚れようが何だろうが、男子なんかに生パンツうっかり晒してたまるかって感じだよ。ガキの塊にそんなアピールなんて無駄じゃない?」
「だ、だよね。分かった。分かったから。もういいから」と怯えて引き下がる朝比奈をモノともせず、「このカエルに触ると肌が荒れるとか言ってるヤツがいてさ。頭くるよね」と今度は、前面のカエル柄をポンポン叩きながら全開で迫ってくる。
「おまえのっ!それが無駄なアピールなんだよ!さっさと閉じろよ!」
遠くまで転がったボールを追い掛けたせいで、俺の心臓はバタバタと暴れた。心臓が暴れるのは、あくまでも追い掛けたボールのせいだから……ボールのせいだから!
右川は、ケケケ♪と笑いながらスカートを整えると、洗ったばかりのリボンをリュックに詰めた。汚れている制服のあちこちを叩きながら、
「あれ?そういや、沢村先生って下の名前、何て言うんだっけ?」
「本人を通り越して、何でこっちに聞くんだよ」と俺は答えようとした朝比奈を遮ったら、「なーんか、ちゃんと自分に聞いてほしいみたいだよ」と朝比奈に含み笑いされる。
こっちが名前を聞いてほしくてお願いしているとでも?フザけろって。
「入学式で挨拶しただろ。必死で思い出せ。3年掛けても」
すっかり真っ黒になったタオルを、右川の手から、もぎ取った。
「なーんか、そういう言い方って、引っ掛かるなぁ」
意外な所から伏兵が現れたと思ったら……朝比奈だった。いつの間にか右川と横並び、いつの間にか俺と対峙する位置に移動している。味方を得て、右川の態度はますます大きくなった。
「ね?これだよ。これこれ!ナカチュウの傲慢あるある。誰もが自分を知ってて当然という、その自信過剰がムカつくよね」
それを聞いて、朝比奈がぷっと吹き出した。思わずムッとくる。「何だよ、それ」
朝比奈は、ごめんごめんと口先で謝りながら、「知ってて当然って、それ無いなぁーって思って。私なんてさ、最近クラスの男子から、やっと朝比奈って名前で呼んでもらえるようになってさ。ホント、やっとなんだよ?」
朝比奈は、そんな切なさを貴方は理解出来るのかと、無邪気な目で訴えてくる。てゆうか、それは誰のおかげなのか。今それを言ったら、俺の立場がますます悪くなる気がする。だから、黙っててやるけどっ。
「ナカチュウはいつも真ン中!って、ふてぶてしい態度じゃん?謙虚って言葉を知らないんだよね」
右川は自分をすっかり棚に上げた態度である。ここは負けられない気がした。
「おまえは、自分が謙虚だとでも言うのか」
「謙虚だよぉ」と右川は胸を張る。「トイレで鏡を占領。売店では当然って感じでパンを買い占め。誰かの課題は勝手に持って行く。あたし、そんな事しないもんね」
「それは学校のキャパに環境が追い付けないだけだろ。課題を取られたくなかったら隠せよ。もっともおまえの課題なんて盗んで写す価値あんのか。無ぇワ」
「ナメてんだよ、あたしらみたいな他所者をさ。学校全体のオーラもくすんでるしね」
どれもこれも、俺の台詞を遮って、あるいは全く無視して、右川は持論をブチ上げ続けた。これは……ひょっとして昨日、従兄弟さんと一緒になってヤリ込めた俺に対する仕返しなのか。
「生徒会なんかやっちゃうあんたは、中川軍団中央幹部すなわち悪の枢軸だよ」
誰が悪だよ!と突っ込みかけて、いやそっちより、「誰が生徒会だよ!」と、ここは遠慮なくキレた。
右川はくるりと踵を返すと、「環境活動に遅れちゃう♪あたしもう行かなきゃ♪あ、制服が汚れちゃうからジャージに着替えよぉ♪」と、かなり説明的な長ゼリフを残し、ピョンピョンとアホ毛を遊ばせながら去って行った。この時点で早くも真っ黒なオマエの、それ以上どこが汚れるんだ。
右川が消えた途端に、辺りは急に静かになった。
言いすぎたと反省したのか何なのか、「右川さんと随分仲良しだね」と朝比奈がすり寄ってくる。
「そっちの方が仲良しじゃん。何だよ一緒になって俺をイジめて」
「ごめんごめん。なんか面白くって、妙に熱くなっちゃったよ」
朝比奈は笑いながら、「これ洗ったげよっか?」と俺の手からボールを奪った。
「そんなに右川と仲良く見えた?そういう辺りってさ、やっぱ気になる?」
話を蒸し返し、何かを期待して、俺は朝比奈の真横に並ぶ。
「全然」
朝比奈は笑いながら、こっちの肩に頭を軽くぶつけた。
だろうな。右川じゃ相手が悪い。あんな昆虫はヤキモチの対象外だ。従兄弟の話が途中で、はぐらかされたまま。それが気になると言えば気になるけど、別にどうでもいいと思えば。それだけの事だ。
周りに誰も居ない事を確認して、俺は素早く、朝比奈にキスした。
「ジャージがずぶ濡れだよ」
離れた直後、最初に声を出すのは決まって朝比奈の方だった。俺がどう切り出していいか迷うまでもなく、自然と元の会話に戻れる。
こういう時、いつも思うのだ。朝比奈は……多分、色々と知っている。慣れている。こんな色々は、とっくに経験済みなのだと。だからなのか、外見だけ見ても朝比奈は大人びている。こっちが弟くんだと嫌味を言われる程だ。
それがどこか悔しくもあり、同時に、割と短時間で俺と付き合う事を認めた経緯とか、こうやって外に居ても無邪気にキスを許す辺りには、そんな背景も関係しているのかと……それを思うと、良いとも悪いとも、何とも言えない所だ。
「中川軍団中央幹部すなわち悪の枢軸、なんて。よく一口で言えるよね。右川さん、凄いと思わない?」
一瞬の悩ましい表情とは打って変わって無邪気な笑顔で、朝比奈はさっそく〝右川の会〟をやり始めた。
「君こそ、よく言えてるよ」
そこに、約束した先輩マネージャーがタイミング良くやって来た。
俺達を見て、「あーこれが出来たばっかの彼女?朝比奈さんだっけ?うりゃ」と冷やかし、「お邪魔みたいだから、私達はあっち行きましょ」と、中途半端に汚れたボールを連れて、仲良く退場。
「あの先輩、どういう名前の人だっけ?」
朝比奈に尋ねられて、教えてやった。
「こっちが知らない人から名前呼ばれるのって、何か不思議な気分だね」
俺の彼女として認知された証拠だ。朝比奈って誰?なんて奴は、もう俺の周りには居ない。
「俺のおかげ、とか。もう言ってもいい?」
つい調子に乗ったのが間違いのもと。朝比奈は無表情で、これみよがしに水道の蛇口をひねった。雑音!とばかりに水に流されている。やっぱり封印しとけばよかった。(悔やまれる。)
「ところで、右川さんから何もらったの?」
朝比奈が紙袋を指さした。別にやましいことはない。ギョウザなんだから。
「これさ、部活が終わるまで預かってくんない?」と、胸をはって堂々と開けて見せる。
「あれ?なんか落ちたよ」
え?
袋からこぼれ落ちた紙切れを、朝比奈より一瞬先に、俺は拾い上げた。
朝比奈も一緒に覗いた。(一応心配?)
〝口止め料で~す♪〟
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