God bless you!
「俺って、どこまでも真面目な優等生だな」
とうとう来た。
それは部活が終わった直後の事である。
取ってこ~い!の嫌がらせは無く、ほっと安堵したのも束の間、「明日の試合についてアドバイス」だとか言って、俺だけが矢吹先輩に呼び出されたのだ。
嫌な汗が滲んでくる。最悪の状況を考えて、体操服のまま、呼び出された場所に向かった。今朝、工藤がやられたと聞いたあたりから次は俺だと覚悟はしていたものの、明日の試合を控えて最後にどんな嫌がらせが待っているのか。内心、少なからず動揺している。
俺を待っている朝比奈には、『今日は一緒に帰れそうにない』と伝えた。『ギョウザは全部やる』と付けた。
「洋士は生徒会なんだから、矢吹も手加減してくれんじゃないの?」という工藤は、鈍いにも程がある。
「なんだそれ。まだ言うか」
決め付けるな&冗談でも言うな。
覚悟があったとはいえ、試合の前日を狙うとは、矢吹先輩の底意地が悪いにも程があると思った。
いつも以上に厳しい練習が終わって、くたくた。やり返す体力なんか残っていない。元からそんな気力は無い。明日に備えたい。さっさと終わらせよう……震える身体を奮い立たせた。
呼び出されたのは旧校舎裏のゴミ捨て場だった。張り巡らされた高い金網の向こうにはお馴染み、取ってこ~いの裏山が望める。1番奥まった所には、ゴミが目一杯に詰まったゴミ箱がいくつか並んでいた。分別が決まっているにも関わらず、金網沿いに瓶や缶が無造作に放置されていて、こんな雑多な雰囲気が映画の中のスラムを思わせる。ますます恐怖心を増長させるのだ。
程なくして、矢吹先輩を含む3人がやってきた。雑魚モンスターはいつも複数でやってきて手間は掛るのに経験値はそれほど無いな。気休めに、そんなゲーム場面を思い浮かべて。
「お、居る居る」と3人は仲間同士で、いびつに笑い合った。
「〝一狩り行こうゼ〟とか言うゾ」
「〝ワクワクするゼ〟とか言えよ。おら」
「それ梅田が良く言う、あれだろ」「いや、狩ってんのは彼女のサリちゃんだから」「だーッ!その名前出すな」こっちを無視して内輪ウケで一通り盛り上がる。一瞬の不穏な間が空いたと思ったら。
「てか沢村。今日のあれ、何だよ」
「あれでも真面目にやってんのか」
俺を睨みつけて、立て続けに爆発した2人は、バレー部とは全く無関係な3年である。ナカチュウ時代から、ガラの悪さは折り紙つきだ。1人はさっそく飽きてきたのか、スマホを覗き始めた。
「つーかさ、おまえフレンズ、どうにかしろや」
どうにかって……誰の事を言ってるのかと悩んでいると、「塾だとか委員会だとか、オレらの呼び出し無視してんじゃねーよ。生意気なんだよ。イキってんのか、あのメガネ」
黒川か。
それでよく逃れたな、と別の所に感心する。教えを乞いたい。マジ侮れない。
矢吹先輩が一歩グッと前に出た。ここが本丸。俺は奥歯を噛みしめる。
「てめーは、ジャンプが足りねぇんだよ。いつまで怠けてんだ!」
「すみませんっ」頭を下げた。
俺はジャンプが甘い。確かに。それは1番痛い所だ。確かにその通りなのだが、矢吹先輩は自分に身長が足りなくて速攻が決まらないという悔しさから、背の高い目障りな後輩に突っ掛かっているとしか思えなくて……俺は哀れを誘うがごとく、1度ため息をついて、また下を向いた。
「筋トレも中途半端だし。いつまでも背丈に甘えんな!」
「すみませんっ」
それも、まぁその通りだ。だがそれも普段、マネージャーや3年からよく注意されている事で、いまさらという感じである。
「さーせん、とか適当に謝ってりゃいいと思ってんだろ。生徒会だからって、調子のんなよ」
これは聞き捨てならなかった。
「自分は生徒会はやりません。松下さんにもそう言ってあります」
今にもブン殴りそうな勢いで横の2人が俺のすぐ目の前に迫ってきた。「すみませんっ」咄嗟に頭を庇う。2人は何をするでもなく、単に近づいてきて睨んだだけ。それでも十分に怖かった。
いくら後輩が気に入らないからって暴力に訴えたら唯では済まない。矢吹先輩も、その辺には躊躇があったように思う。だから手は出さずとも、口という凶器を繰り出すのだ。ハンパなく。
それは出来たばかりの彼女にまで及んだ。彼女の朝比奈を批判する言葉ではなく、「おまえは1年のくせに生意気だ」「調子に乗るな」「いい気になるな」という、俺だけに向けての妬みオンリーである。
目つき、顔つき、態度、成績……全部にチェックを入れ、もうネタが無くなったのか先輩の勢いは徐々に小さくなり、目を閉じて縮こまっているうちに存在ごと消えてくれた。金出せ、と言われなかっただけマシかもしれない。さすがにそこまでやったら自身がヤバいと分かっているだろう。3年。受験生だし。
先輩の消えたその場に、しばらく独りで立ち尽くした。
「何で無関係なヤツらまでデバってくんだよ。部外者の嫌味にも我慢しなきゃなんないのかよ。朝比奈のことなんか、バレーに全然関係ないだろ。どうせなら黒川に逆ギレしろよ」
ぶつけたかった言葉をゴミに向かってブツブツと呟き、側に転がっていた缶を思い切り蹴った。それは金網にぶつかってカラカラと転がる。転がり止まった缶をしばらく眺めていると、次第に何か訴えられているような気がしてきて、我慢できずに拾い上げ、成り行き上、分別ケースに放り込んだ。ついでに、そこらへんに散らばっていた缶も瓶も、先輩らが踏みつけて行ったゴミも、もれなく拾って回る。
「俺って、どこまでも真面目な優等生だな」
ノリを、どうこう言えない。
風に吹かれて飛んできた紙クズが鉄柱に引っ掛かっている。気付いた瞬間から、見ない振りも限界だ。それがもう、やたらと気になる。ちょっと高い場所だけど、俺なら楽勝で取れるかも……こういう性格を見透かされて、生徒会に誘われているのかもしれない。取り上げたそれは、コンビニの唐揚げの包み紙だ。それをゴミ箱にブチ込んで、もう帰ろうと振り返ったら、そこに右川が立っていた。薄汚れたジャージ姿、両手にはゴミ袋を握っている。
環境活動。
「終わったのか。乙」
一応、労いの言葉を掛けてやる。ノリにも、もれなく言ってやろう。
右川が、いつからそこに居たのかは分からなかった。まるで地を這う虫のように、音も無く忍び寄ってきたと言える。ゴミの置き場所を探して目が泳いでいる様子に見えたので、「それ、こっちだよ」と俺が分別場所を示した。
次の瞬間、右川は手に握っていたゴミ袋を、俺に全力で投げつけた。
中身のビンが額に直撃してゴチッと乾いた音がする。缶の無機質な感触が腕に膝に滑って転がり、ゴミ袋からこぼれた紙クズやプラスチックの数々は、俺の足もとに散らばった。焼きそばの匂いが鼻先をかすめて、「な、何で?」
尻餅をついて呆然としている俺の頭の上から、さらなる大量のゴミが降ってくる。食べかけのパン、小さいマヨネーズ、誰かの答案用紙、破れた体操服……降り尽くして収まったその向こう、大きな生ゴミ……右川が仁王立ちで上から俺を睨みつけていた。
「上から指図すんな」
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