God bless you!
「$%&%$‘&◎’%$◎&&%$!」
この週末、土日も部活の練習に明け暮れた。
単なる練習試合だと笑い飛ばせないほど気合いが入っている。相手校は大した強豪ではないが、ここで勝てば自信が生まれ、これからに向けて勢いが付くと言う事だろう。
この週末、朝比奈と会って会えない訳ではないが、1日中バレー漬けでくたくた、その上この春から新しい塾通いで忙しなく、今はラインのやり取りだけで手一杯だ。
朝比奈のメッセージは、『今日は買い物。その後、男子と食事で~す。今夜は遅くなるかも』と、そこで謎めいて途切れているかと思いきや、5回程の改行の後に、『パパと一緒で~す。あせった?』とオチまで付く。何気にドラマティックで、読んでいて飽きない。
『今、どこ?』と、来たのは日曜日の午後10時。ちょっと考えて、『塾の帰りだよ』と家に居るにも関わらずそう送ってみると、『あ、あれ沢村くんかも。見つけた!待って~』と返されてギョッとして、そこで直接通話を繋ぎ、家にいる事を白状したらば、
『何で嘘つくかなぁ。部屋の明かりが見えてるからバレバレだよ』
「ごめん。ちょっとイタズラって感じで。え?何処?今どこに居るの?」
近くに居るなら……そういう事なら会いたいし、途中まで送ってもいいし。
慌てて起き上がったら、
『何で嘘つくかなぁ。あたしってばね』と、そこで、ぷちんと切れた。次に送られたこの日最後の朝比奈のメッセージは、『ごめん。ちょっとイタズラって感じで。今家だよ。おやすみ~』だった。
こういう時、いつも思うのだ。無邪気だなーと笑えるレベルではあるが、朝比奈はたまにこっちの期待感を揺さぶる。妙に上手い。
日曜日の夜中、期待が少々大きくなりすぎた感も手伝って、こっちは少々ぐったり気味である。『うー。おやすみ』と俺は何のドラマも感じない、ツマんない返信をしてしまった。
週明けの月曜日。
部活が終わり、水場に倒れ込む俺達の前に、再び矢吹先輩が立ちはだかる。
「ボール、取ってこ~い」
校舎の裏山にボールが入ってしまった、と。
自分で山に放り投げておいて、俺達1年を走らせる。ズバリ、嫌がらせだ。
通常、部活には体育館を使っているが、他の部との兼ね合いもあって確保できない時、外のコートで練習する事がある。こういう日に、よく使われる手口だった。
俺達が裏山を目の前に困惑していると、「もういいよ。どけ!テニス部にのぼせてるような腑抜けた奴らには頼まない。オレが行くよ。いいって!好きなだけ遊んでろって!」と、サッカー部や陸上部といった荒手の先輩軍団に向かって、矢吹先輩は、後輩の反抗的な態度を大声でひけらかす。焦げ付くような周囲の視線が痛い。
「俺らが行きます!」
山を駆け回る仲間に隠れて、『ちょっと遅れそうだ』と急いで朝比奈に連絡した。
今日に限って、彼女と映画を見に行く約束をしている。今日に限って、こういう展開。まさか知ってて企んでくれたのかと疑いたくもなってくる。
やっとの事でボールを見つけ、身も心もアキレス腱も千切れそうになって再び水場に倒れ込む俺の前に、クラスで見覚えのある女子がトコトコとやってきた。
「沢村って今日から週番だよね。4組の週番日誌、まだでしょ」
確かに、厄介な週番が巡ってきている。あたし帰宅部だから大体やっといてあげるよぉー、と言ってくれたはずの女子の週番が今日は欠席で……と、こういう展開だった。日誌は、うっかり忘れていた。
「ちょっと遅れるとは、どれぐらいを言って許されるのだろう」
遠い目をして、トランスしている場合じゃない。急いで教室に向かった。
「女子~!」勢いを付けて階段を2段飛ばしに駆け上がる。
ちぎれそうなアキレスに加えて大腿部も悲鳴を上げた。こんな時も最上階を恨む。(週番女子も。)
教室から望む外の景色は、そろそろ日が暮れかけている。当然クラスには誰も居ないと思っていたら、女子が一人、俺の斜め前の席、堀口くんに似た巨乳女子……が、独りポツンと居た。
見ると、週番日誌を開いて何やら書きこんでいる。頼んだ訳ではないが、どうやら週番作業を代わりにやってくれたらしい。その女子は恥ずかしそうに首をすくめた。「ありがとう」と、礼を言ってはみたものの、この女子の名前が……どうしても思い出せない。
「あとね、さっき生徒会の人が来て、締切が今日だって言われたよ」
「え?」
「環境委員会の清掃。4組は、まだ報告来てないからって」
4組の環境委員、黒川だ。早くも筋肉痛の襲ってきた大腿部をイライラと叩きながら、「あの野郎」と悪態をついた。
黒川は、「オレは塾があるからさ」と掃除もそこそこ、俺達3人が必死でボールを探して山を駆けずり回っている間にさっさと帰ってしまったのだ。携帯を覗いた。朝比奈から、さっきのメールの返信はまだ来ていない。「どうすっかな」と、こっちは頭を抱える。
この女子の名前がどうしても分からないな。
ぼんやり途方にくれながら、シャツのボタンの間から見えそうで見えない胸の谷間とか……じゃなくて、女子が小脇に抱えている、これまた見えそうで見えないブレザーの名札を探っていて、ふと思いつく。
「あのさ、悪いんだけど、君の名前だけ貸してもらえる?」
「え?」
「とりあえず、俺も入れて2人の名前をここに書いてさ」
そう言うと、委員を押し付けられると感じたのか、急に女子の表情が硬くなった。
「当日までに誰か代わってくれそうなヤツ探せばいいし。俺も部活で作業には出れないから」
女子はそれに渋々頷くと〝米沢あかり〟と丸っこい文字で名前を書いた。
それだ。
はいはい。確かそんな名前だった。
「それでもあと1人、足りないね」
俺はその下に黒川の名前を書いた。
「環境委員は強制的に参加だから。俺が必ずやらせる」
凄んで見せると、女子はその勢いに怯えるように、「そ、それじゃね」と教室を出て行った。
黒川にメール……しなくていいだろう。当日、自身の不手際と頭の悪さを呪え。
日誌を取り上げた時、ふと気付くと机の上にまたコアラがあった。
今日は2つも。
1つを喰ったらストロベリー味。もう1つを拾い上げて、「ロケットで宇宙旅行か」と絵柄を確認してジャージのポケットに取りあえず仕舞った。食った後になって、1つ目のコアラが何をしていたか見逃してしまったと気付いたけれど、もう遅い。残念。今の俺にはコアラをのんびり鑑賞する余裕は無いのだった。
この書類を届けに、まずは生徒会室に直行だ。アキレスはまだいける!
「呼び出そうかと思ったよ」と松下さんの真綿の笑顔に締め付けられながら書類を提出した。
ひと息付いていると、その場に居た2年で副会長の永田さんから、「おう。書記か。やっと決断したか」と勝手に歓迎されて慌てふためく。永田さんはソフトに見せて結構押しが強い。正しいという前提のもと、立場の弱い俺達後輩は何処までも利用されそうで怖い存在である。
俺は、真綿の笑顔で振り切って逃げ出した。よく逃れたご褒美だとばかりに、ポケットのコアラを取り出して口に入れる。その儚い甘さを惜しむように舌の上で転がしながら、次は職員室へ急いだ。
職員室に入ると、担任の吉森ノゾミ先生が、「遅いぃぃ」と、こちらも真綿の笑顔で待ち受けている。数学の先生で、若いけど生徒会も担当。てゆうか、若いから押し付けられたと周りは見ている。
「もう一人の書記がねぇ~。決まんなくてねぇ~」と、そんな意味深な目線を、俺は日誌に隠れて避けた。
いつまでこんな事が続くんだろう。早く誰かに落ち着いてくれないかな。
再びスマホを開こうとして、ふと手が止まる。見ると、吉森先生の隣の席に見慣れない女子が1人座っていて、教科書を広げ、何やら難しい顔でプリントを前に唸っているのだ。朝比奈の連絡をチェックする事も忘れて、女子のそこら中を、つい眺めてしまう。
それは……その女子の風貌が、ある種、異様だったからだ。
言うなれば、ネコっ毛&くせっ毛が、もじゃもじゃのショートカット。
どこから見ても大量の毛玉がくっついているようにしか見えない。髪が短いくせに、何故かあちこちゴムで結わえていて、ゴムで引っ張られた毛玉の束は3つもあった。無理に結わえたせいでアホ毛がピンピンと立ち、うなじ辺りの後れ毛も落ち武者の如く激しく、それを阻止するために留められているヘアピンの数もまた激しかった。君の、そのスタイルのコンセプトは一体何なのか。
その時、にゃあー!とネコの鳴き声がして、驚いて辺りを見回す。
すると、その女子が突然、電気に打たれたかの如く、勢いよく立ち上がった。
俺は我が目を疑った。
女子は、立ち上がった……はずだ。
何を見違えたかと頭が迷いだすほど、驚くほど体の短い女子に……逆に、こっちが驚いている。
女子は、自身がすっぽりと収まりそうなリュックを開き、そのままくるりと転がってハマりそうな勢いで中身を漁り始めた。絆創膏、ボトルのガム、チョコレート、CD,ガムテープ、タオルにエプロン、浴衣も作業着のツナギも飛び出した。ノートが、たった1冊。教科書は1冊も出て来ない。
ゴチャゴチャと、がらくたばかりを取り出した後、「そうだぁ。取られてたんだ」と漁るのをピタリと止めて、「ノゾミちゃん、スマホが泣いてるから、返してぇ」と先生に切なく訴えた。
吉森先生は、若くて独身で結構美人でノリもいい。割と気軽に話せる先生には違いないが、それでも〝ちゃん〟呼ばわりはないだろう。どこにでも居るよな、こうゆうヤツ。
俺は、女子を斜めに見た。
先生や先輩にまでタメ口で馴れ馴れしい。そんな所がウケて、可愛いとか無邪気とか思われて、無礼は全部見逃される。こういうヤツは苦手だ。目上にタメ口なんて、俺は絶対に認めない。たとえそれが矢吹先輩のような極悪でも。
「スマホはプリントが終わるまで没収。原田先生からキツく言われてるからね」
「それはぁ、ノゾミちゃんと原田くんにはスマホに見えるかもしれないけど、実はネコでね♪」
んな訳ねーだろ。
そんな突っ込みと同様の一喝を吉森先生から喰らって、女子は諦めた様子で椅子に座った。
小さい体に小さい顔。椅子も机も教科書も全てが大きく見える。俺は、この女子に全く見覚えが無かった。という事は、いくら女子が小さく見えるとはいえ、先輩かもしれない。「なんですか?それ」と一応敬語で覗きこんだら、女子は俺を指差してニッと笑った。
「$%&%$‘&◎’%$◎&&%$!」
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