僕の知らない、いつかの君へ

まあでも、ほんまは縛り付けて自分のもんにしたくてしゃあないねんけどな。と自虐的に呟きながら森田は笑った。

俺は森田の話を聞きながら、こんなにも、思われて愛されてる姉貴は幸せな女だと思った。
同時に、俺も菜々子のことを縛り付けておきたいのだと思った。相手のことを思って身を引くなんてカッコいい男には、まだなれない。誰かに取られるくらいなら、どこにも逃げられないように小さくて綺麗な水槽に閉じ込めてしまいたいと思った。

「あー、でも、ここまできたら我慢するんはかなりツライわ!目の前のマンションのどっかで美貴ちゃんが無防備に寝てると思ったらそれだけで興奮して吐きそうやわ、俺」

「いや、冗談か本気かわかんなくてただただキモイんでやめてください、マジで」

「叶わぬ恋やったけど、美貴ちゃんに出会えて良かったと思ってる」

もうすぐ卒業やな。と森田は空に向かって呟いた。
真っ暗でなんにも見えない、マンション群の中の空。飛行機の明かりがぼんやりと動きながら、俺たちを見下ろしている。

「姉貴なんかの、どこがいいんだかさっぱりわかんないっすけど」

「弟なんかにわかってたまるか。俺にしかわからんってとこが、またええねん」

意味不明なことを言いながら、瓶のデカビタを飲み干す森田。
引退して伸びかけた坊主頭を無理矢理アシンメトリーっぽくした髪形は正直言ってかなり微妙で、中途半端この上ないけれど、それでも俺にはものすごくかっこよく見えた。
今日、森田が来てくれなかったら、きっと俺はもっともっと取り乱していただろうし、明日別れを告げてくる菜々子を責めたかもしれなかった。
心変わりなら相手の男を殴ったかもしれなかったし、菜々子から意地でも引き剥がして、そいつの不幸を願ったに違いなかった。
だけど、こうやってしょうもない冗談に笑えるくらいに心が落ち着いたのは間違いなく、弟と呼んでくれるひとのおかげだった。




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