ワケありルームシェア
「寒い…。」
哀川さんが急に呟いた。
「寒いよ……。」
今は夏のはずなのに。
寒いなんて言葉を使える時期じゃない。
外では蝉が群れとなって音を響かしている。


「哀川さん、もういいよ。」
こんなことになるなら聞いてなかったよ。
哀川さんにとって、こんな辛いことがあったなんて思いもよらないでしょ。
だって、哀川さんだよ。
世話焼きで、穏やかな雰囲気をまとってる哀川さんが。
でも、大家さんの“ワケあり”という言葉をよく覚えておくんだった。
哀川さんの“ワケ”はこれか。

「うん、ちょっと横になって、いい?」
「うん。」

もう一つ気になること。
哀川さんと目が合わない。
これだけ話していても、一緒にいても、一回も目が合わないのがある意味すごいと思う。

それからお互い何も話さない。
哀川さんはソファーで横になって、僕はその下で座って本を読む。
兄さんから借りた本。
『あ、』という題名だ。
学校も違って名前も知らない男女が恋をする、という話らしい。
兄さんは恋愛小説を読むから、無理やり読まされる。
まぁ、どうせ暇だし。
読まなかったら面倒だし。

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