エリート上司の過保護な独占愛
「ごめん、遅くなって」

「いえ。何か飲みますか?」

「いい。すぐに戻らないといけないから。悪い時間がなくて」

 日が落ちたといっても、まだ残暑の厳しい時期だ。走って来た裕貴はシャツをパタパタとさせている。

「そんなに、時間にかかる話じゃやないですから……」

 裕貴の目を見ずに、とにかく決心が鈍らないように努めた。

「なんだか、様子が変だぞ。どうし――」

「お時間がないでしょうから、手短にお話します。これをお返ししようと思って」

 テーブルの上を滑らせるようにして、裕貴の部屋の鍵を差し出した。それを見た裕貴の顔が、驚きそして歪んだ。

「どういうことだ?」

 今までに聞いたこともないような、低い声。それが自分に向けられていると思うと、苦しくなる。

「私には、もう必要ありませんから。それとこれも」

 誕生日にもらったネックレスも差し出すと、いよいよ押さえていたはずの裕貴の怒りが、顔ににじみ出た。

「だから、どういう意味だって聞いている」

(本当は、こんなことしたくない。でも……やらなきゃいけない)

 みどりの顔が思い浮かんで、紗衣は大きく息を吸い込むと感情のない目で裕貴をまっすぐに見つめた。

「私たち、終わりにしましょう」

 できるだけ冷静に言ったつもりだ。しかし胸の中はナイフで切り刻まれるような痛みが幾度も走る。まさか自分が裕貴に対してこんな言葉を伝える日が来るとは思っていなかった。
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