エリート上司の過保護な独占愛
「まぁ、そうだな。失恋でも髪を切るって言うしな」

(失恋……確かに思い切って髪を短くしていたな)

 裕貴は紗衣の姿を頭に思い描く。

「でもものすごく綺麗になったってことなら、それは恋だな」

「恋?」

「あぁ。きっと好きな人でもできたんじゃないのか? 急に変わるなんて、そのくらいしか理由はないだろう」

 ふと紗衣が劇的に変身して出社してきた日のことを思い出した。フロアに入ってくるなり、その変わり様に裕貴も驚き思わずまじまじと見つめてしまった。

 周りも彼女に注目をしていた。そして大迫に限っては、これまでの態度とは打って変わって、彼女を恋愛対象として見ているということが火を見るより明らかだった。

 その時のことを思い出した裕貴は、じわじわと言いようのない怒りのようなものを感じた。

(本城の良さは、決してみかけだけじゃない。真面目で素直なところ、それに周りをよく見て他人のために、動ける人間だ。それを少し――いや、実際は驚くほどだったが――見かけが変わったくらいで、ちやほやするなんてそんな男は彼女には似合わない――)

 と、そこまで思い我に返る。

 どうしてそこまで紗衣のことを考えてしまうのか。

 どうして、彼女の周りにいる男たちに不快感を覚えるのか。

 答えが出そうになった裕貴だったが、焼酎のグラスを煽って考えるのをやめた。

 気が付くと目の前では慎吾が何やら、ずっとしゃべり続けていたようだ。

「なぁ、その綺麗になった子っていうのは、嫌われているかもれないって言ってた子と一緒なのか? お前、その子のことが好きなんだろ? なぁ?」

 まるで中学生の男子が修学旅行の寝床でする話だ。

「バカなこと言うな。ちょっと聞いてみただけだ」

(そう、ちょっと気になって、ちょっと聞いてみただけだ)

 そのうえ柄にもなく彼女に「かわいい」と思っていることを伝えてしまった。

(まさか……な)

 恋愛はうまくいっているときはいいけれど、面倒なもの。もう二度と振り回されるようなことにはなりたくない。

(……もう二度と)

 裕貴は頭に浮かびそうになった苦い思い出を、焼酎の水割りで流し込んだのだった。
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