御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

「ごめんなさい」

心を決めた早穂子が、ぺこりと頭を下げると、鳥飼は「謝るの早すぎ」と、苦笑する。
そして彼は、「はぁ……」と深いため息をついたが、やはり顔は笑っていた。

最初からこうなることがわかっていたのかもしれない。
それでもなんとなく、冒険したい気になったのかもしれない。

妙に清々しい顔で鳥飼は笑って、

「じゃあ」

それからくるりと踵を返したのだが――。

鳥飼は結局その場から立ち去ろうとせず、なぜか早穂子の数歩前で立ち止まっていた。

「――鳥飼さん?」

なにか忘れ物だろうかと声をかけると、ふと、鳥飼の十メートルほど向こうに、スーツ姿の男が立っているのが見えた。

すらりとした長身を上等な麻のスーツに包んだ男――。

心臓が、ドキンと跳ねる。

(まさか……)

立っているだけで、目を奪われる。どうしようもなく心が惹かれてしまう。

そんな男は世界にひとりきりだ。

「――はじめ、さん?」

早穂子の唇から漏れた声は、かすれていた。
だが始の耳には届いたらしい。

「邪魔しちゃったかな」

始が紅茶色の目を細め、微笑みながらゆったりと歩み寄ってきた。
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