御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
強く抱きしめられているわけじゃない。
けれど背中には、確かに始の手のひらの熱を感じる。
「……お……おかえりなさい……?」
「なんで疑問形なの」
クスッと笑う始の笑い声が耳元で響いた。
「全然、思考がついていかないんです……」
彼と別れた後、再会する夢は数えきれないほど、見た。
それを望む、望まないのはべつにして、夢の中の始はいつも早穂子の手の届かないところにいて、早穂子は遠くで笑っている彼を、切ない思いで見つめるだけだった。
(なのに、彼はここにいる……本当に)
始はちらりと、マンションの隣の深夜営業をしているカフェに視線を向ける。
「ついさっきまで、そこにいたんだ」
「そうだったんですね。たまたま……私の引っ越し先の近くでお茶を……」
早穂子は始がギリシャに旅立つ前に、引っ越しを済ませていた。
ちょうどマンションの更新の時期がきたこともあり、一念発起して住む場所を変えたのだ。
(あの部屋は、始さんとの思い出がありすぎたから……)