御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
(だけどなぁ……)
「はぁ……」
どうしても【思い出してしまう】。
する自分が今、ここに生きていることすら、あやふやになる。
そして時折、息が詰まりそうになるのだ。
胸のあたりがきつく締め付けられる。
深呼吸をして、始は息を大きく吸い込み、そして吐く。
(あ、ヤバい……)
胸の奥からなにかがこみあげてくるような気がして、とっさに片手で口元を覆っていた。
静かなエントランスの真ん中で、身動きが取れないまま立ち尽くしていると――。
「……副社長?」
背後から可愛らしい声がして。
口元を手のひらで押さえたまま振り返ると、早穂子がバッグを持って、立っていた。
彼女の後ろで、エレベータ―のドアが閉まっていくのが見える。
「――今、帰り?」
「あっ……はい、すみませんっ! 残業してしまいました!」
早穂子は慌てたように深々と体を折って頭を下げる。
その生真面目な様子に、始の唇に笑みが浮かんだ。