御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

湊の言葉は若干真に迫っていた。

エール化粧品は由緒正しき老舗の大企業だからこそ、縛られていることもあるに違いない。

もっとも御曹司である基が十年後にでもトップに立てば、話は変わってくるだろうが。


「――いっそうちに転職すれば? 湊なら役員待遇で迎え入れるよ」
「はいはい。ありがとうございます」


それは始の本音だったのだが、湊はその本音を敏感に感じ取ったのか、冗談で済ませるつもりらしい。

笑って軽くあしらうと、そのまま「ではまた連絡します」と、エントランスを出て行った。



「んー……」


湊を見送って腕時計に目を落とす。

たまには実家に帰って顔を見せようかと思うが、なかなか気が進まない。


親子の関係が悪いということではない。

むしろ両親は始を溺愛し、心から大事に育てて、始のやりたいことには基本的にすべて賛成し、応援してくれた。

三十を過ぎてもあっちでフラフラ、こっちでフラフラと、花の間を飛び回る、蝶のような息子に思うことはあるはずなのに、黙って見守ってくれている。


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