風薫る
「つーん」


言ってから、木戸さんは、斜め上を見上げる要領で下を見ていた顔を横に向けた。


まだ怒ってますよ、という否定の意思表示。


……うん、分かる、分かるんだけど、意志より行動の可愛さが目立ってるよ木戸さん。


漏れた苦笑を隠すように立ち上がって、椅子に座り直す。


鞄から貸す予定の本を取り出して、向かい合わせになるように体を向けて、そうっと呼んでみた。


「木戸さん」

「…………」

「木戸さん」

「……つ、つーん」


いや、つーんじゃなくてですね。こっち見てくれないと、本が貸せないんですけど。


返事を鑑みるに、今回は結構拗ねている。


失敗したなあ。


多分、怒っているというよりは、拗ねている。

それで、おそらくそろそろ、もういいかなあとは思ってくれている。ちらちら目が合うのだし。


あと多分、どうしたらいいか、迷走し始めている。

拗ね終わるタイミングがよく分からなくて、とりあえず唇を尖らせ直しているんじゃないかな。


……木戸さんは、怒ったときでさえ、木戸さんだ。


前に怒ると角が見えるよなんて言っていたけど、ほら、やっぱり見えなかったじゃんか。


今また唇を尖らせ直したから、もう怒っていない。


だから、もう一度謝って、本を貸しさえすれば、過ぎた悪戯も笑って許してもらえると思うんだけど、貸すまでに苦労しそうだ。


うーん。……やってみるしかないよなあ。


でも木戸さんなら、この方法で当たりのはずだった。
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