風薫る
とんとんとん、三回肩を叩くとともに、


「夕闇の写本師」


タイトルを告げる。


途端、勢いよくこちらを振り向いた木戸さんに、やっぱり、なんて失礼な感想を浮かべつつ。

両手に持った黒い装丁の本を掲げて、にこりと笑った。


「はい」


丸い目のまま差し出された手のひらに、かなりの厚さを誇るそれをのせる。


重みで覚醒したのだろうか。


ありがとうと遅れて言った木戸さんに、反射でいえいえと答えてから、ふと気づいて固まった。


「あのさ、もしかして読んだことあった?」


断りにくくて空いた間かな。


そういえば非常に今さらながら、木戸さんにこの本読んだことあるよ、なんて申告された覚えがない。


毎回、ありがとう、とにこやかに借りてくれて、ありがとう、と翌日返却されている。


果たして。


「ううん、大丈夫。読んだことないよ」


ゆるゆると振られた首に安堵する。

よかった。


心底よかった、と、焦る鼓動が落ち着いた。
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