風薫る
「今までも大丈夫だった?」

「うん」

「……それは、よかった」


首肯した木戸さんの髪が、さらりと一房その肩を滑り落ちる。


ふふふ、と朗らかに笑って。


「大丈夫だよ」


木戸さんは柔らかな微笑みを寄越した。


「たとえ読んだことがある本でも、黒瀬君が貸してくれるなら何度だって借りるよ」

「っ」


本心だろう。多分、何の気なしに溢れたものだろう。


「もちろん申告して欲しければ言うけれど、でも私だって、読んだ本を全部覚えているわけじゃないから」


初めだけ覚えているとか、場面だけ覚えているとか、それこそ読んだことがない本の方が多いんだよ。


「大丈夫だよ」


黒瀬君が貸してくれる本は、どれも面白いよ。


「いつもね、すごいなあ、面白いなあ、私の好みにぴったりだなあって思いながら読んでるよ」


再び高鳴る動悸。

くらむ視界をおして言葉を捻り出す。


「……無理は」

「してないよ」


素早く引き継いだ木戸さんがまた柔らかく笑った。


優しい声だった。


「今のところ本当に被っていないから、むしろ私の方こそ不安だよ」


黒瀬君も無理してない?


おどけてゆっくり進めてくれる心配りが、ありがたいやら、恥ずかしいやら入り混じってよく分からない。


そんなに顔に出ているだろうか。


「……木戸さんは、俺が読まないような表紙のものを貸してくれるから」


大丈夫、と。


それだけは伝えなくては、と急く俺の視線はさ迷って、結局木戸さんの微笑みに行き着く。
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