Sweet Love
「――石田?」



 呼ばれていたことに気付いたわたしは、「…え?」と声を上げた。振り向くと、萩原くんが心配そうな顔でこちらを見つめている。



「…何か、顔真っ青だけど。大丈夫か?」

「あ、…うんうん。大丈夫。ごめん、わたしちょっとトイレ行くね」



 そう言っている間に耐え切れなくなったわたしは、もう既に立ち上がっていた。



「あ、ちょっと――」



 本当は大丈夫じゃないけれど、無理して笑顔を作り、わたしはその場を後にする。



 ――もうだめだ。限界。

 トイレ、トイレ、トイレ。



 心の中でぶつぶつ「トイレ」と呟きながら、悲鳴を上げる痛みに蹲りたくなったけれど、それでも耐えようと努力する。わたしは、一目散にトイレの中へと駆け込んだ。



***



 ――あれから落ち着いたところで、トイレの個室から出ると、わたしはそこで意外な人物に出会う。


 そこには、背を向けた朱菜ちゃんが鏡の前に偶然立っていた。こちらの存在に気付いた彼女は、蔑むような顔で鏡越しにわたしを見つめている。


 何でこんなタイミングで朱菜ちゃんと出会っちゃうのだろう。最悪な展開だ。


 この状況は、非常に気まずいものがある。また何か危害でも加えられたらと思うと、不安で仕方がない。


 彼女はこちらに振り返る。わたしは内心で警戒した。先に沈黙を破ってきたのは、朱菜ちゃんからだった。



「石田さん。こうやって二人で話すのはお久し振りですね」



 余裕のある笑みで、彼女は言った。


 彼女は笑いながらわたしに話し掛けているけど、実際の心境とは違うと思う。不釣合いな笑顔に戸惑いながら、わたしは険しい顔で頷いた。
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