アマービリタ
「どういうことだ?」
訳がわからなかった。
あの噂を聞きつけて、てっきりそれ目当てだと思い込んでたために、予想外の回答に頭がついて行けなかった。

「あ、あの…源さんから聞いていませんか?伝えておくと言われたのですが…」

女の子は申し訳そうに心配そうに答えると、俺がまた質問する前に…

「私、ホテルやカフェレストランなどでピアノを弾かせていただいてて、あるパーティで知り合った源さんにここを紹介いただいたので、お言葉に甘えようと参りました」

一息に早口で、恥ずかしいのか顔を赤らめながらまくしたてた。最後の方は、消え入るような声だったが。

「あの…本当に源さんから聞いてないでんですか?」

ずっと黙っている俺を不審がりながら、全く話が通ってない事に焦り始めるその子。
しかし俺には何がなんだかさっぱりだった。

「すみません、全く聞かされていませんので…とりあえず確認を取りますので今日のところは一旦お帰りいただけますか?」

まあとりあえず、当たり障りのない返答をして帰ってもらおう。もう少しでディナーが始まるし、準備もしなくてはならない。かまっている暇はない。

「こ、困ります…断らないでください!私、源さんのお言葉に甘えようと思って他の仕事を辞めて来たんです…断られてしまったら私はむ、無職に…」

完全に顔を青くして俺に縋り向けるその目は涙目になっていた。
やめてくれよ…面倒くせぇ、女の涙なんか面倒くさいの他に無いだろう。

「はあ…箕作さん、だっけ?悪いけどうちにはピアノも置いていないし、ミュージックカフェであるけど生演奏を用意するようなところでないんでね、諦めてくれる?あの人が何を言ったか知らないけど」
「ピアノないんですか?!」
「よく見てみろ。ここのどこにピアノがあるんだよ。」

呆れた。ピアノがないことも知らないで、あの人…俺の親父でこの子が言う源さんにそそのかされたわけか。とんだ間抜けだな。

呆れすぎて苦笑いしている俺と、ピアノが無いしことと、俺に断られたらことでパニックになっているこの子との二人の空間に、またカランと言うドアの開く音が響いた。
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