春の円舞曲
それから二度と、琥珀が水仙の前に姿を見せる事はなかった。
母親に聞いてもそんな少年は知らないと言うし、親戚の誰に聞いても同じだった。
成長するにつれ、水仙自身もあれは夢を見ていたのでは、と己の記憶を疑うようになっていった。当時はあまりに幼く、また現実だと確信するには強烈に美し過ぎたのだ。何もかもが。
しかし後年、琥珀は春の嵐のように突然その姿を現す。水仙の奥底に眠っていた、あの円舞曲によって。
「あなた、一体何処でこの曲を…」
ピアノを習い始めた息子が拙い手つきで何度も繰り返す主題が何なのか気付いた時、母親は驚愕した。
それは亡くなった水仙の曽祖父が趣味で作曲したものだった。
彼は不世出の天才と呼ばれた音楽家で、琥珀色の瞳を持つ美しい人であったという。
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春を迎える毎に、水仙は円舞曲を奏でる。
その度訪れる形容し難い恋しさは、微かに甘く弾けるあの黄金色の曹達水に似ている。

