【完】『そろばん隊士』幕末編
◆29◆

三百坂に岸島が慣れてきた頃、

「悪いがサンピンの怪我人を診てもらえねぇか」

と、付き合いのあった火消しの頭の頼みを引き受け、戸板で武士が手塚のもとへ担ぎ込まれたことがあった。

「調練の最中にしたたか腰を打ったらしい」

という付き添いの武士を見て、岸島も手塚も驚いた。

原田左之助ではないか。

「なんだ岸島、お前こんなところにいたのか」

互いに驚いたというどころではない。

「まさか原田が寛永寺の彰義隊にいたとはなぁ」

手塚は笑った。

彰義隊といえば、直参でも特に血の気の盛んな連中が集まった隊である。

「そこに新撰組でも槍の左之助と恐れられた原田が加わったら、大仏様がおわすのに、殺生禁断の上野の山が血なまぐさくなっちまう」

と手塚は毒づいたが、

「そういうあんただって、薩摩や長州の錦切れがいるなか、十四代さまが下された葵の羽織なんか着て歩いてるじゃねぇか」

原田がやり返した。

ちなみに葵の羽織というのは、手塚が奥医師として当時の和宮を診察した際の対処を誉められ、時服拝領でいただいた三つ葉葵の羽織である。

「あんなもん肝試しさ。みんなびっくりして見送るから、そりゃあ見ものだぜ」

手塚も負けてはいない。



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