【完】『そろばん隊士』幕末編
小野に言わせると、
「伊東どのは背が高かろう」
しかも色白の細面で、なかなかの美男である。
「あれだけの相貌で、目立つなというほうが無理がある」
何度か近江屋へ入る姿を見かけている者もあるし、それがしも見た、と小野は言ってから、
「何しろ楠小十郎の件もありましたからな」
と結んだ。
「楠小十郎、か…」
名前は岸島も山崎から聞いたことがある。
まだ浪士組として芹沢鴨や新美錦などがいた頃、長州から間者として送り込まれた件の当事者で、池田屋の前後の時期には露見して、処刑されている。
しかし。
伊東は楠小十郎とは違う。
まず長州ではない。
確かにともに尊皇と攘夷の思想は掲げているが、伊東の発想は違うところにありそうである。