東の空の金星
翌日、店を訪ねると、
マスターと奥さんが満面の笑みで迎えてくれた。

使っていないキッチンを使用することについて
オーナーさんの許可がおりたようだ。

私は翌週から、勤める事になり、
奥さんの遥香さんにカフェの仕事を習い、
マスターと相談しながら、パンを店で出す準備をする事になった。

使われていなかったキッチンは週末に点検と清掃が入る事になっている。

「『Asai bakery』(アサイ・ベーカリー)って、都内にある有名店?」

「まあ、そうですね」

「なんで辞めたの?」

「人間関係に疲れたんだと思います。」と言うと、

「ポジション争いとか?」

私は曖昧に頷いておく。
…恋人というポジションを巡って、辞めた事には違いない。

「…26歳は一人前なの?」

「実家がパン屋なんで、
基礎は18歳までに出来ていました。
その後は2年ドイツに留学してその店に入って、
23歳からクリエイターという名前が付いていました。」

「サラブレッドじゃん。ここで働いていいの?」

「自由に好きなパンを焼けるのと、
休日がキチンといただけるのは魅力的です。」と笑うと、

「ここでは時間外の賃金は出そうにないんだけど…」

とマスターは申し訳なさそうにいうので、

「しばらくのんびり働きたいので、ちょうど良いです。」と笑顔を見せておく。

提示されたお給料は一般の26歳の女の子より、ずっと良い。

これなら、独り暮らしに十分だ。
もっと稼ぎたくなったら、
ここを辞めれば良いだけだ。

失恋の痛手を海の側の素敵な喫茶店で癒すのは

悪くない考えに思え、

私の再就職先は決まったのだ。
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