どきどきするのはしかたない

「ごめん、待たせてしまったか?」

「いいえ、場所を探しながらでしたから、少し前に来たところです」

静かなバーという場所に似つかわしく無い程、課長は慌てた様子で入店して来た。
好意的に見る訳じゃ無いけど、まだある仕事を切り上げて来たのだと思った。

隣に腰掛けた。

「…悪かった」

「え?」

「色々悩ませて、本当にすまなかった。この通りだ」

…頭を下げて謝られた。
課長はいつものと言ってオーダーをした。
そう言える程、ここには来ているんだ。知らなかった。
私とは一度も無かったな…。

「悪いとは思ったんだ」

何の、どの事だろうか。いきなり終わりにした事にだろうか。

「…嘘だ」

「え?」

また…、嘘って言う。

「…俺は試した」

…試す?…何を?

「…涼葉。涼葉を好きだっていうのは嘘じゃない。それは初めからだ。
涼葉の事は、初めから好きなんだ。
…都合のいい関係をしようとして始めた訳じゃない。信じて欲しい。
好きでいつも会ってたんだ」

…好き。…好き。この言葉、気持ち…、最初に聞いていたら違っていたと思う。

「その事は…。でも…試したって、…何ですか…」

「涼葉は、一度も俺に好きだと言わなかっただろ?覚えてるか?記憶はあるかな。
言ってない事の記憶なんて曖昧で解らないものか…。
涼葉も俺に好きだと言ってないんだ。
それで、そのまま関係を持った。…嫌では無いというのは解った。意味は解るよな。
俺とは違う…。涼葉は、それだけを望んでいる、それがいいのかと俺は思った…。俺は…それでもかまわないと思った。…好きだったからだ」

え…そんな…。私だって…。好きだってからに決まっている…。

「俺は当然、言って無くても…、好きだから抱いた。少しでも会いたいから会った、会えば、好きだから欲しくなる。涼葉を思うと堪らなかった。
二人で部屋に居る、それだけで良かった。デートらしいデートも出来てなかった訳だから余計変だったよな。会って…する、だけだったから。
俺が、終わらせよう、結婚するんだ、と言ったら、涼葉はどうするだろうと思った」

…え?

「…そうねって言って、すんなり終わりにするのか、嫌だと言うのか、…涼葉の気持ちが知りたかった。そうする事で、俺を好きなのか、はっきりすると思った。…涼葉はいつも俺に従うばっかりだったから。
こんな事をした俺の事は信じられなくなったか?…試すって、嫌な言葉だよな…」

好きだから相手に従うでしょ?…。
関係はあっても、図々しくなれる程、私はまだ深く馴れ合っては無かったもの…。
ただいつも課長にドキドキするばかりで…。されるままに…。

「…そんな事するなんて」
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