どきどきするのはしかたない
「もう終業時間過ぎてる。まだ居るのか?」
会社で会うなんて、…何だか新鮮。
でも…あれ?いつから居たんだろう。
「愛徳?」
「あ、はい、えっと、もう出ようとしてたところです」
「フ、そうか」
あ、この、そうかって言葉。
顔と声が一致した会話。何だか不思議。
「愛徳?」
「あー、すみません」
「どうした」
「クス。はい、何だか、不思議で、新鮮で」
「ん?」
「声しか知らなかった人が七草さんだと解って、今は、その七草さんと会社で会ってると思ったら、そう感じたんです」
「あぁ、そういう事か。俺は知ってたけどな」
あ、そうだ。
私がベランダで名前を言った時、知ってるって言われたんだった。
私だって認識は違っていたが、七草さんの事は知っていた。
これは負け惜しみでは無い。
「ん?用が済んでるなら出ようか」
「何でもありません。あ、はい、そうですね」
「週末なのに閉じ込められたら大変だ」
「はい、大変な…大惨事になります」
ま、IDカードはちゃんと持ってるからそんな事にはならない、大丈夫なんだけどね。
並んで廊下に出た。
「じゃあ」
「はい」
七草さんは直ぐ隣が三課のフロアだ。
私は階段に向かった。
「愛徳」
「は、い?」
途中まで上がったところで、駆け上がって来た七草さんに引き止められた。
「“風邪”はぶり返したのか?」
「え?」
腕は掴まれたままだ。