どきどきするのはしかたない

二人で歩いて帰った。
隣り合っているのに何も話さなかった。


マンションに着いて、一緒にエレベーターに乗って、下り、私の部屋の前まで来た。

「じゃあな、あ、ちゃんと持って帰ってるだろうな」

「はい。流石にそれは、大丈夫です」

鍵を差し込み回した。

「大丈夫です」

「ん」

「おやすみなさい、あの…有難うございました」

「いや、おやすみ」

…何も言わない。聞かない。七草さんなのに、珍しい。

…。

「自分で選んだんだ」

「え?」

「人ってさ、いつも知らない間に岐路に立って道を選んで歩いてるんだよ。
帰って来ない選択もあった。でも、しなかった。しない方を選んだんだ。
…冷めてるくせに、踏み出す事、…問い質す事、行動出来なかった事はどこかで後悔している。
今からだって引き返して見る事もまだ出来るんだぞ…。
じゃあな」

あ、いつもいつも、…何を、どこまで知ってるの…。
私の行動、見た物、全部知ってるの?ずっと跡をつけて様子を伺っていたの?
今更、引き返したって、課長がまだ居るとは思えない。居たとしたら、二人で居たらそれも嫌だ…。
…そうよ、私は逃げたのよ。あれを見て…何を言われるのか…知らされるのか…恐くて逃げた。
見たモノの事、何か言われるのが恐かったからよ。
あれは何だったの…。

部屋に入って、携帯に着信がある事に気がついた。
…課長。

【帰ってるのか?】

これだけ…?
私が会社に居た事を知ってるって感じがする。
気がついていなかったかも知れないけど、このタイミングでだから、どうしてもそう思ってしまう。
…帰っていたら、何だと言うのだろう。

【部屋です】

【明日、会えるか?】

ズキッ。何だか、胸が痛い。何か…話があるんだ。

【休みですから】

この言い方…。私はいつから、課長にきつめに言葉を返すようになったんだろう。
いい話じゃない。もう…どこかで、どうなってもいいと思い始めているのかな…。
はぁ…。

【今からだって会えます】

【いや、今日は止めておこう】

…。

【誰かと一緒だからですか?】

何て返して来るだろう…。

【そうだ】

そうだ、って…言うんだ…。…誰って、聞きなさいよ。さっきの人…、会社で抱き合っていた人と一緒ですかって、聞けばいいじゃない。いつも会社で…ですかって。今、どこに居るんですかって。
そうすればはっきり出来る、すっきり出来るじゃない。
そう思ってるくせに。
課長も詳しく言わない。それは会って話すべき事だから…。メールでは敢えて言わないつもり。

私は…簡単。一緒に居るのは誰ですか、と、教えてくれるまで聞けばいいだけなのに。
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