伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
9.魔女たちのたくらみ

 オーガストが猫化して、三日が過ぎていた。
その間に、ビアンカはすっかりドロシアに心を許した様子で、帰るときには別れを惜しんで涙まで見せた。
それが本当に心からのものなのか信じられなくて、ドロシアは陰鬱な気持ちを抱えたまま、彼女を見送った。

ビアンカがいた間、クラリス以外の魔力が強い人間は再び地下室にもぐっていたが、彼女の帰宅とともに出てきて普段通りの生活へと戻っていく。

普段通りに戻らないのはオーガストだけだ。彼は今だ猫の姿のまま、ドロシアともあまり話そうとせず、毎日執務室と森を行ったり来たりしている。


そんなある日、ドロシアは気持ちも晴れないまま、オーガストを探していた。


「どうしました、奥様」

「デイモン。オーガスト様を見なかった?」

「執務室だと思います」


彼の答えに頷いて、ドロシアは執務室へと向かい、扉をノックする。


「ドロシアだね? どうぞ」


この返事だということは、まだ猫のままだ。
一縷の望みは、姿を確認する一瞬前に消されてしまった。


「失礼します」


ドロシアが中に入ると、茶色の猫は執務室の机の上に乗っていた。
足元に書類を踏んづけていて、書類決済ができているのかどうかは定かではない。

ドロシアはぼんやりと、縁談の話を父が持ってきたときのことを思い出していた。
足元に広がった督促状。それを踏みつけながら「頼む、ドロシア」と人権を無視するような訴えをしてきた父。
結果としてその申し出はドロシアを幸せにしたが、あの時の父を思えば、彼の中の自分の価値なんてその程度なのだという思いが湧いてくる。
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