【短編】生け贄と愛
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 人気の無い、館。

薄気味悪いとは思いつつ、ロゼは戸口に立った。


大きく、荘厳な雰囲気はあるが何せ命の気配がない。

自分の髪色によく似た色の薔薇が植わっているのには好感が持てた。

実を言うと、この館に助けを求めようと思った大きな理由がそれだった。

赤色を忌み嫌う町で、紅薔薇を庭に咲かせる。

しかし、疲れきった頭の端で僅か残った冷静な自分が警告を発している。

花は花だ。自然に生まれたものだ。

だが自分はどうだ。お世辞にも自然とは言い難い容姿をしているではないか。

長く伸ばした髪に少し触れる。

これは賭けだ。


自分の生き死にが、運命がかかった賭けだ。


ロゼは、自分の足がもう走れないことを分かっていた。


森に入る前、男たちに足首を切られてしまっていたのだ。

彼らの投げた刃物は確実にロゼの両足首を切った。

無我夢中で気がついていなかったが、思いの外傷が深いのだ。

痛みを自覚してしまってからではもう走れない。


事実、歩くこともままならなかった。


涙で視界が滲む。


辛うじて形が分かるノッカーに触れようと手を伸ばして──ドアが、開いた。


びくりと驚いて肩を揺らす。


目の前に、驚くほど美しい男が立っていた。


< 10 / 53 >

この作品をシェア

pagetop