【短編】生け贄と愛
「君はそちらの部屋にいると良い」
大きな階段に圧倒されつつ上り、廊下に出たところで青年が左側を指差した。
一つだけドアが開いている部屋がある。
しかし、一人だけで入るのも躊躇われた。
自分が上がり込んで青年に失礼ではないか。
ロゼの心配を察したのか、青年は綺麗な笑顔で頷いた。
「君は僕が招待した客人。手当てをするから座っていてくれないか」
拒めないような言い回し。
こくこくと首を縦に振りながら、ロゼは青年の優しさに涙を浮かべた。
初めて触れた他人の優しさだった。
自分を異形として扱わない人間の、純粋な言葉だと思った。
彼に促されてソファに座る。
青年がドアの向こうに消えてから、ロゼは長く重い溜め息をついた。
ズキズキと痛む足首は血が固まっているが、見た目がよろしくない。
赤色、赤色。
自分の髪と目の色。
ロゼの災難の元凶。
彼女はその色を忌々しげに眺める。
赤色は悪魔の色なんて何て馬鹿馬鹿しいの。
夕焼けだって赤いのに、何故自分の色は穢らわしいと言われなければならないのか。
泣き出しそうになり、唇を噛んでこらえる。
そのとき、ガチャリと音がしてドアが開いた。
顔を上げると、先程の青年が木製の箱とティーセットを持って入って来るのが見えた。
「ごめんね、格好悪くて。ここには運んでくれる人がいないから」
効率が悪いから持ってきたんだ、という青年。
「お一人で、住んでいらっしゃるのですか?」
「そう。父上も母上もかなり前に亡くなってしまってね」
そう言いながら彼はティーセットをロゼの前のガラスのローテーブルの上に置き、ひざまずく。
「何を……!」
足を優しく持ち上げられ、思わず声をあげた。
「失礼、でもこの位置の手当ては自分では難しいと思うよ」
「違います!貴方が穢れてしまいます…!」
青年が少し目を見開く。
しばらく沈黙が続いた。
「ごめんなさい」
怯えたロゼに、青年はゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫だから、傷を」
そっと彼がロゼの足首をとると、急に動かしたせいか傷口が開いてしまったようだ。
一度止まった血がまた溢れ出す。
「これは……」
突然、青年の手が止まる。
そんなに酷いのかとロゼも身を捩ろうとするが、案外強い力で押さえられた。
「また血が出る。動かないで」
言われるがままにしていると、一人の暮らしが長いからか青年は手早く手当てを済ませてくれた。
礼を言うロゼに、また彼は頭を振る。
「一人が長いから、お客は貴重なんだ。どうってことない」
ティーポットから美しい所作で紅茶を注いでくれる。