【短編】生け贄と愛
着替え終わる頃、ドアが小気味良い音でノックされた。
「おはようロゼ。起きてるかな?」
シルヴェスタだった。
「起きては、いるけど」
そろそろとドアを開ける。
隙間から顔を出すと、シルヴェスタはにっこりと笑った。
「さすがだ、似合ってるよ。母上のものなんだけど、サイズは合ってる?」
ロゼが選んだそれは、白いパフスリーブのワンピースだった。
腰の辺りに紺色で艶のある太いリボンが巻いてあり、後ろで結ぶようになっている。
同じ白いワンピースでも、前に着ていた麻ではなく上質な絹。
「…大丈夫。それより、私なんかが借りても良かったの」
「母上はおもてなしが好きな人だったから平気だよ。それより、朝食を一緒にどうかな」
「ありがとう…何から何まで」
恐縮するロゼにシルヴェスタは知らないふりで応じ、コツコツと靴音を立てて歩きだした。
慌てて彼について行く。
シルヴェスタ、とロゼの声が廊下に響いた。
「何かな」
「朝食…誰が作ってるの?」
彼は一人暮らしが長いと言った。
けれど、この見れば一目で貴族階級と分かるこの館で、全て彼がこなしているわけではないだろう。
掃除洗濯、炊事に買い物。
生きるために必要なこと。
シルヴェスタは少し困った顔をして肩越しに振り返る。
「いつもは、使用人を雇っているんだけどね。生憎、故郷に帰ってるんだ。僕は一人で大丈夫って言って送り出したけど、間違いだったみたいだ」
ということは、彼が作っているということなのだろうか。
こんなにお世話になった家主にそんなことをさせてしまってはいけないだろう。
シルヴェスタがロゼをちらりと見ると、彼女はぐるぐると考え込んでいるようだった。
ロゼは基本的に無表情だが、感情が無いわけではない。
泣きもするし、笑いもする。
表情が分かりにくいだけで、もしかすると人より感情が豊かかもしれない。
「…僕は料理ができないから、朝食はパンと果物とか手を加えなくて良いものばかりなんだ。口に合わなかったら申し訳ないんだけど」
そう言うと、ロゼはぱっと顔を上げた。
心なしか嬉しそうにも見える。
「あの、もし良かったら私に作らせてほしい、んだけど……」
思いもよらない申し出にシルヴェスタは少し驚いたような顔をした。
「お礼にと言ってはなんだけど…教会で家事全般は私の仕事だったから、不味すぎることはないと思う」
おずおずと言うロゼ。
「そういうことなら、お願いしようかな」
ふわりと彼が笑った瞬間だった。