【短編】生け贄と愛
部屋に戻り、何となく掃除をしてから彼を待つ。
やることも無くなってしまったので、外の景色を眺める。
庭にはまだ真紅の薔薇が咲き誇っていた。
家から漏れる光で照らされ、つやつやとした花弁が雨に濡れている。
深緑と赤のコントラストが美しく、どこか妖しげな魅力がある光景だった。
この二週間は、ロゼにとって最も幸せな時間だった。
誰も自分を軽蔑することなく、存在を認められているという幸福。
紳士的なシルヴェスタと話す、穏やかで優しい瞬間。
もう外に出る度に怯えなくて良い。
ここにいる限り、男たちが追いかけてくることもない。
本当はずっと、ここにいたい。
ロゼは自分の心にそんな想いがあることを自覚していた。
けれど、そんな訳にはいかない。
彼がロゼを匿ったのは、ただの気まぐれと彼の優しさからだろう。
あくまで他人。他人の優しさにいつまでも甘えていてはいけない。
自分は自立しなければならないのだ。
赤を嫌わない町で、自分という人間と向き合って、強く生きていくのだ。
その願いも、また事実。
足首に触れてみる。
痛みはあれ、傷口は塞がっている。
もうすぐここを出て行かなければならないだろう。
ぎゅっと絞めつけられるような痛みにロゼは一人、顔をしかめた。
胸の辺りが痛い。
ここのところ、ずっとそうだ。
また胸を押さえていると、部屋の扉が軽くノックされた。
どうぞと言うと、ゆっくり入って来る彼。
しかし、いつもと何かが違う。
ロゼの中で、聞き慣れた警鐘が鳴っていた。