【短編】生け贄と愛
 
 獲物を狩る目。

例えるならこれだろう。


ベッドに座っていたロゼは立ち上がってシルヴェスタを見つめた。

じり、と足が無意識に後退する。

シルヴェスタが近づいてくると、また下がる。


「どうして逃げるんだ?」


妖しげに笑う彼は、いつもの彼ではない。


「シル、ヴェスタ……どうし、貴方、」


言葉が巧く紡げない。

逃げろ、とロゼの頭が叫んでいるのに、心が言うことを聞かない。


「嫌……」


逃げられるか、と窓をちらりと見た次の瞬間。


「──無駄だ」


耳元でシルヴェスタが囁いていた。


さっきまでクローゼットの所にいたはずなのに。


「シルヴェスタ」


ロゼの呼ぶ声も虚しく、ドサリとベッドの上に押し倒された。

“強者”が彼女の目を捕らえて離さない。


「今まで生きられて良かったな。俺の気まぐれに感謝することだ」


「何言って、」


「聞いたことがないか?森の外れには、化け物が住んでいると」


ロゼが目を見開く。

いつか、神父たちが話しているのを耳にしたことがあったからだ。

まさかそれが本当だなんて露ほども思わなかったけれど。


「俺がその化け物だよ、ロゼ。分かったか?今からお前が何をされるのか」


「…嘘。だってそんなの─シルヴェスタが私を匿ったのは」


「お前の血を頂くためだ」


容赦なく言い放たれた言葉に絶句した。

どうして、という声も出ない。


「この世はな、『食うか食われるか』なんだよ。お前らだってそうだろ?お前がさっき食った牛も同じだよ」


それは、つまり。


シルヴェスタにとって、ロゼはただの食糧でしかないということで。


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