【短編】生け贄と愛
***

 暗い森の中、ロゼはひたすらに走っていた。

行くあてなど無い、けれども帰る場所もない。

絶望的だった。


でも、とロゼはハタと立ち止まる。


今までもそうだったはずだ。

ならば何故、こんなに苦しいのか。


優しさが嘘だったから?


それもある。しかし今までも同じようなことは沢山あった。

騙されることなど日常茶飯事。



その理由は簡単に見つかった。


「私、は……」


シルヴェスタが────。


確信しかけたとき。


ロゼの視界に、松明の明かりが見えた。

背筋が凍る。

今は夜で、森の中だというのに、人がいる。


「おい、あの娘じゃねえか?」


聞こえてきた声に身体が冷えるのを感じた。


「テオ達が取り逃がしたやつってのは、赤髪の美しい女だ。どうだ?」


誰かがこちらへ来る。

早く、早く。早く逃げなければ。


震える足を無理矢理に立たせて、後ずさりする。

音を立ててしまう。

どうすれば良い。どうすれば。


そして──目が合う。


「ああ、やっぱり。見つけたぞ」


小太りした、卑しい男の目がロゼをとらえた。


その瞬間、身体は勝手に走り出す。

後ろから追ってくる男たちの叫び声が聞こえてきた。


「おい!本当にあいつなのか」


「違えねえ。テオがつけた傷が足首に残ってる」


まだ傷が治らないのに走っているせいで、足首が悲鳴をあげている。


ロゼは無我夢中で走り続けた。


しかし、願いは叶わない。


左足に激痛が走ったかと思うと、そこから下の感覚が消えて身体が地面に伏した。


「おいおい傷をつけるなよ」


「どうせ見えねえよ。それに多少動けなくなってくれた方が都合が良いかも知れねえしな」


男たちがロゼの周りにガヤガヤと集まってくる。


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