冷たい雨の降る夜だから
 どうしよう…… 胸がチクチク痛くて、涙があふれそう。

 自分で自分の手首を掴んでみるけれど、どうって事は無い。記憶をたどってみても、特にこれといって嫌な事は思い当たらない。どうしてあんなに怖かったんだろう。

 こんな日に限って木曜日だなんて酷い。明日までこんな気持ち抱えてるのなんて無理。

 チクチク痛む胸を抱えたまま家に帰るのが辛くて駅ビルに足を向けると、外はまだ寒いのにファッションフロアには春らしい色のふわふわした服があふれていた。その色合いに浮かれてちょっとウキウキして服を眺めだした。だけど、それもすぐに憂鬱な気分に沈められた。

 似合わない、よね。私、髪真っ黒だし。化粧だって最低限のファンデーションだし。お店の鏡に映る私は、お店のポスターに載っている可愛い女の子とは違い過ぎた。

 高校生の頃の方が間違いなく女子力あった。その自覚はあるけれど、でも今からあの頃みたいになんて簡単には戻れない。

 少し落ち込みながら通りかかった駅と繋がった入り口の前。バレンタイン特設エリアに私は、更にヘコんだ。私にとってのバレンタインは、高校3年間の思い出しかない。高校1年の時は…道又先輩。高校2年3年の時は、先生に名前も書かずに置いてきた。

 先生は甘いものをあまり食べない。だから昔は少し高いチョコレートの小さな箱を、机の上に置いてきた。私が一方的に置いてきたあのチョコがどうなったのか聞いてない。

 この間話した口ぶりからして、私だとはわかってたみたいだったけれど、食べたかどうかは聞いていない。あの時は、捨てられてもいいって思って居たけれど、本当に捨てられてたら、ちょっとショックだ。悪いのは名前を書かなかった私なのに、そんなことを勝手に思う。

 バレンタインは明後日なのに、ぼんやりと流し見しても先生にあげたいと思うものは見つけられなかった。なによりも、もしこのまま先生と別れちゃったりなんてしたらどうしよう、なんて気持ちに頭を埋め尽くされて、世界が滲んだ。
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