冷たい雨の降る夜だから
木曜日の憂鬱
 それから一週間経った木曜日、私は盛大にヘコんでいた。こんな日に限って見計らったかのように雨まで降っている。ロッカーに向かう途中に窓の外を見ると、小さな雨粒が道路に出来た水溜りに波紋を描いているのを街灯が照らし出していた。

 バッグの中のスマホを手にしてはみるけれど、先生からはメールも電話も何も来ていない。でも、菊池君からのメッセージは届いていた。菊池君は、今でも当たり障りのないメッセージを送ってくる。

 先生は用事が無い時は連絡をくれる人じゃないし、きっとまだ仕事中。何も来てないのは普通なのに。いつもは気にならない事なのに、今日は凄く、それが辛い。先生にも菊池君のようなマメさがあったら良いのに、なんて一瞬でも思ってしまったことに余計に凹んだ。

 喧嘩をした、というわけじゃない。

 ただちょっと、ちょっとだけ、すれ違っちゃったのかな。化粧直しをするために鏡の中の自分を見て、唇に指を当てた。

 嫌だった、わけじゃない。先生、どう思ったのかな? 怒ってる? 幻滅してる? 嫌いになっちゃった……? 目頭が熱くて、滲みかけた世界に目を伏せた。泣くな私。泣いたってどうしようもないんだから。

 祝日だった昨日、私は先生の部屋に行った。先生と過ごすのは大抵先生の部屋。まるで、物理実験準備室で過ごしていた高校時代の延長みたいだった。いつも夜10時頃には家に送り返してくれる。それは次の日が休みのときも変わりなかった。

 私はまだ先生の部屋に泊まった事もないし、キスより先の関係になっていない。昨日、早めの夕飯を食べたあと、先生と他愛の話をしながら……キスをした。

 啄ばむ様に何度も重ねた唇。離れるのが惜しくて絡めた舌。鼓膜をくすぐる優しくて低い声。首筋に落ちて来た熱いキス。身体にかかる先生の身体の重み。なにもかもが心地よくて、このまま最後まで出来るんじゃないかって思う位だった。

 それなのに。

 先生の手が私の手首を掴んだその瞬間、私は、怖いと思ってしまった。そして、先生は、私のその一瞬を見逃さなかった。

 何も言えなかった。大丈夫とか、続けて欲しいとか、思っていなかったわけじゃないのに……声が出なかった。

 先生は、その後すぐに私を家まで送ってくれた。そのまま何の連絡も無い。なんて送ったら良いのかわからなくて、私も何も連絡できていない。
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