押したらダメだよ、死んじゃうよ

低い声が鼓膜に染みる。
無防備な足が踏ん張ることも出来ないまま、身体が傾く。

まるでスローモーション。

男の顔から夜空へ切り替わる視界。

落ち、る…。
……ああ、わたし……死ぬんだ……。

そう思った瞬間、それまでだらんと垂れ下がっていた手が勝手に動き出す。


「まっ…て…っ!」


歪む視界を切り裂くように伸びる腕。
大きく開いた手が空を切り、目尻から溢れた涙が肌を伝った。

もう……だめだ……。
身体が沈んでいくのがわかる。

そうして、視界がコンクリートの段で埋め尽くされた時、


「……ほら、やっぱり君は笑ってない。」


わたしを押した手がわたしを掴んだ。

寸前で掴まれた腕。
所謂、宙ぶらりんな状態で身体が垂れる。

一見、細そうに見える男のどこにそんな力があるのか、男は涼しい顔のままわたしの命綱を握っていた。
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