私たち政略結婚しました!~クールな社長と甘い生活~
彼は、デスクで何か作業をしていた。書類にサインでもしているのだろうか。

私が部屋に入って行っても、彼は顔を上げずにそのまま作業を続けている。

木目調の壁に覆われ、機能的な収納と最新の設備のために社長室は広々として見えた。

「では、ごゆっくり」と秘書が下がっていくと、高陽さんは手を止めた。


彼がゆっくり顔を上げる。すっきりした切れ長の目をしてる彼。

均整の取れた美しい体の線をしている。近くで彼を見るのは、私の一番の楽しみ。


日本だけでなく、世界中にビジネスを展開しているIWATUKIグループ。その巨大な組織を受け継ぐために、努力を重ねてきた人。

老獪な経営者も、彼にグループのかじ取りをゆだねることをずいぶん前から認めている。そんなにすごい人だけれど。


何日かぶりに見る彼の顔は、毎日朝、目覚めた時に隣にいる人。私にとって愛しい人そのものだ。


ああ、早く駆け寄ってその首に腕を絡ませたい。少しでも離れていたことが、寂しくて仕方がなかったと甘えたいよ。

私は、ほんの少し、彼に近づいてみる。

一人で寂しくなかった?私がいなくて寂しかったという証拠を見つけたい。

いつも完璧な着衣がみだれていない?

私を見た時、嬉しそうに笑ってくれる?

『会いたかったよ』
そう言ってくれれば、どんなことだって乗り越えられるのに。

しばらく彼を見つめていたけれど、高陽さんは、いつもの高陽さんだった。いつものように完璧で、どこにも欠点がない。


「そんな遠くにいたら、話ができないだろう?こっちへ来たら?」

私は、ため息をついた。

余りにもいつも通りだね。少しは嬉しそうな顔してくれればいいのに。

パリッとしたスーツには、彼を一段と素敵に見せている。何をやっても完璧。彼の評判は変わらない。

彼には、妻が出て行って困っている夫の姿は少しも見られない。

前と同じように素敵だ。


「高陽さん……」

「用はなに?」彼は、事務的に返事をした。


顔も上げてはいるけれど、視線は私の足元のあたりをチラッと見ただけ。目を合わす間もなく、デスクに置いた書類に目をやった。

忙しいのに、わざわざ訪ねて来てどうかしたのかと言わんばかりだった。

「来なければ、よかったかな」
会えたこと、喜んでくれないんだ。

言いようのない悲しい気持ちになる。
「忙しいところごめんなさい。
すぐに失礼しますから」と言って頭を下げた。

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