私たち政略結婚しました!~クールな社長と甘い生活~
私の心配をよそに、私の夫になろうという男は、粛々と作業を進めていた。

既に窓口のおじさんと会話をしながら、用紙を一枚もらってきてる。

彼は、その紙を役所のガラスのテーブルに広げると、胸ポケットにあった高級そうなボールペンを取り出した。

そして、流れるようにペンを走らせ、優雅に名前を書き始めた。

どうしようとか、少しも迷ったりしないで。

見た感じ、何の葛藤もない。

彼の顔も、清々しいほど無表情だし。

宅配便の住所でも書くようにペンを滑らせている。


「あ、あの……」さあ、勇気を振り絞って言うのよ。大きな声で。

このままいくと、私は魔法にかかったみたいにサインさせられてしまう。

「なに?」

彼の指先がピタッと止まった。じっと見られて私の方がドギマギする。



書きながら手を止めて、しばらく考えていた彼が、突然、はっとしたように私の顔を見る。

こっちに向けられた彼の顔は、凄く整ってる。

朝日の中の自然光で見ても、すぐ近くで見ても、迫力のある本当にいい男。

その彼が、眉を寄せて何か考え事してる。



とうとう気が付いてしまったかあ。

お、お金のために理不尽な結婚なんてありえないとか。


自信たっぷりだった目が伏し目がちになった。


そうしたら、いきなり、ふーっと息を吐きだした。


「本当にどうかしていた。すまない」と言って、彼は深々と頭を下げた。

愁いを帯びた顔。

何だか私の方が、とっても悪いことをしてる気になる。


「この結婚は、やっぱり……」

本当に無謀ですよねえ。

気が付いちゃいました?


ほっと胸をなでおろす。


「すまなかった。全く頭が働かないなんて」

「ええ……分かります」

彼は、ペンを置き、こっちに向けて一歩近づいた。

「ん?」

彼の広い肩で目の前がいっぱいになる。


「悪かった。君のことを全然考えてなかった」


彼は私の前に立って、両手を私の肩に添える。

とうとう来たか。

でも、ちょっと残念。こんなイケメン夫に持ってみたかった。

すると、突然



大きな男が、目の前からいなくなった。

いったい何?

どこに消えたの?

彼は、私の足元に体を小さくしてうずくまっていた。

いきなり屈みこんで、ひざまずいていたのだ。

ちょ、ちょっといきなり何してんの!!

周囲の人が振り返りだした。

何か面白そうって、つぶやきも聞こえてくる。


「や、止めて下さい。どうしたんですか?

こんなところで、具合でも悪いんですか?」

なんだ?
跪いてまで謝りたいの?

何?

もう止めて。
わらわらと、人が集まり始めていた。

まれにみるイケメンが、地味女に跪いてる。


「君に大事なことを言ってなかった。

全然、配慮が足りなかった。
君にとっても結婚は簡単なことではないはずだ。

今から言うから聞いてくれる?」


「お願い。みんな見てますから、立ってください……」


彼は、私の目を見上げる。


そして真剣なまなざしで言った。





「杉原奈央さん、私と結婚してください」



「ええっ?」


聞かれるはずのないプロポーズの言葉に、私はくらくらしてしまった。


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